時代の風~第41回 人類進化史 ~リーダーシップ模索続く~(2020年12月13日)
私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。
人類進化史 ~リーダーシップ模索続く~
毎年、知人が開催しているリーダー養成講座というところで話をしている。最近は同種の講座が大変多い。混迷する世情を反映してか、誰もが、強いリーダーシップを発揮するにはどうしたらよいのか、模索しているのだろう。大学の学長もやたらにリーダーシップを求められる時代である。
さて、このリーダーという存在。人類進化史で見るとどうだったのだろう ? 何度も述べているが、常習的に直立二足歩行する人類という生物が誕生したのは、およそ 600 万年前。今の私たちと似たような体つきのホモ属が進化したのが、およそ 200 万年前。私たち自身であるであるホモ・サピエンスが進化したのが、およそ 30 万年前である。
この人類進化史の中で、果たしてリーダーはいたのだろうか ?
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サルの社会で「ボス」と呼ばれる雄がいる。しかし、人間社会におけるリーダー的存在と同じだと思ったら大間違いだ。群れの移動をボスが決めているわけではないし、群れを統率するわけでもない。サルには、雄どうしの社会的順位と雌どうしの社会的順位が独立に存在する。ほとんどのサル類では、雄の方が雌よりもからだが大きくて強いので、順位も雄の方が高い。
雄どうしの競争で勝った雄が第 1 位になる。だから、その雄が群れの中で一番順位が高いことになる。しかし、サル類の群れは、血縁関係にある雌たちで連綿と続いており、今の群れにいるおとなの雄たちはみな、外からやってきた雄なのだ。それらの雄たちが群れの中に入れるかどうかは、雌たちが受け入れてくれるかどうかにかかっている。
雄どうしの間の競争に勝つたからといって、群れの雌たちに好かれるとは限らない。そこには別の原理が働いている。そして、雌たちに好かれない雄は、やがて群れを去ることになる。
ヒトと近縁のチンパンジーでは、逆に、血縁関係にある雄どうしの結束が群れの中核である。雌はすべて、よそからやってきた者たちだ。全体として見ると、雌どうしの間に強い絆は存在しない。チンパンジーは、食物をめぐる環境要因によって、個体が離合集散する。とくに群れを統合している個体などはいない。第 1 位の雄はいるが、下の順位の雄たちによって殺されることもしばしばある。
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ヒトはどんな社会で暮らしてきたのだろう ? 1 万年前に農耕と牧畜が発明されるまでは、狩猟採集民だった。狩猟採集民は、食物の状況によって離合集散し、大きな集団は作らない。どんなに狩りが上手でも、それを自慢したり、それによって他者に影響を及ぼそうとしたりする人物は嫌われ、排除される。みな自分で自己決定しながら生存のためには互いに協力しあう、そんな共同社会だ。
そこで、現在考えられているような、みなを統率して一つの方向に引っ張っていくようなリーダーという存在は、私はいなかったのだと思う。それは、農耕と牧畜が始まり、定住生活が始まってから初めてできたに違いない。とすると、リーダーの進化史は 1 万年未満ということになる。 1 万年といえば、ヒトの集団が次の子どもを産むまでの世代時間を 25 年として、およそ 400 世代である。進化的には大変短い時間だ。
ヒトの気質に影響を及ぼす遺伝子は、いくつか知られている。たとえば、脳の中の神経伝達物質には、ドーパミンやセロトニンなどさまざまなものがあり、それらの受容体には、いくつかのタイプがある。タイプによって、新しいもの好きの傾向になったり、引っ込み思案傾向になったりと、性格の基本には、そんな遺伝子の変異があるようだ。
では、リーダーに向いている遺伝的変異はあるだろうか ? 私はないと思う。定住生活や都市の形成が始まってからたった 400 世代なのだ。実にいろいろな都市や国家の形態があった中で、リーダーに有利さをもたらした遺伝子などというものはないだろう。
社会が変わればリーダーに求められるものも変わる。また、「ぶれない」は「頑固」でもあり得るように、性質には必ずよい面と悪い面があるものだ。だから、私たちは、歴史上のリーダーたちの行いを小説として楽しみ、精査し、評論し、リーダーとは何か、リーダーシップを発揮するにはどうしたらよいのか、ずっと模索し続けていくしかないのだ。
( 2020 年12月13日)