時代の風~第34回 男女の平均寿命差 ~社会と生物、両方に要因~(2020年2月23日)

時代の風

私は、2016年4月から、毎日新聞に『時代の風』というコラムを、6週間に1回、連載しています。 現代のさまざまな問題を、進化という別の視点から考えていきますので、ご興味のある方はご一読ください。

男女の平均寿命差 ~社会と生物、両方に要因~

3月 8 日は国際女性デーである。 1904 年 3 月 8 日、ニューヨークで参政権を求めて女性労働者たちがデモ行進した日だ。 75 年に国連がこの日を国際女性デーとして定め、女性の平等な社会参加の実現を、国連事務総長が加盟国に呼びかける日となっている。

04年の 3 月から 100 年以上がたち、女性をめぐる状況は徐々に改善されてきた。それを喜ぶとともに、さらなる努力を続けよう。

さて、今回は、女性の寿命と健康について考えてみたい。 2018 年の日本人の平均余命は、男性 81.25 年、女性 87.32 年であった。これは、各年齢における死亡率などの状況が今と変わらないと仮定したとき、 18 年に生まれた赤ちゃんが、今後何年生きるかの期待値をあらわしている。

18年に生まれた人たちの中には、幼いころに亡くなる人も、働き盛りで亡くなる人もいるだろうが、逆に、 100 歳以上生きる人もいるだろう。それらの人々全員の生きた年数の平均が期待余命である。俗に平均寿命と呼ばれる。

ご存じのように、平均寿命はつねに女性の方が男性よりも長い。女性差別その他の深刻な状況はあるものの、寿命は女性の方が長い。もう 30 年ほど前になるが「女性たちがそんなに平等、平等と叫ぶなら、寿命も平等にしてくれ」と言った著名人がいた。発言の奥には、男性は外で一生懸命働いて苦労しているから寿命が短いのだ、女性は家でのうのうと暮らしているのに、という一種のひがみのようなものが感じられた。

でも、男性の寿命が短いのは、ヒトだけではない。多くの哺乳類でもそうなのだ。ここには、生物学的なものと社会状況とが複雑にからみあっている。

ある社会の乳幼児死亡率が高いと、平均寿命は短くなる。途上国の数字が低いのは、おもにそのせいだ。多くの乳幼児が成人できないから、平均寿命の数値が短くなるので、そこを生き延びた人たちは、結構長生きするのである。

つまり、平均寿命の長短には、生まれて以後の、各年齢における死亡率が鍵となる。日本の死亡率の統計を見ると、どの年齢においても、男性の方が女性よりも死亡率が高い。その結果、平均寿命は女性の方が長くなる。

のどに物を詰めて窒息する死亡率は、 0 歳の赤ちゃんでも 65 歳以上でも、男性の方が高い。このことは、サラリーマン男性の働き方とは何の関係もない。

しかも、現代の日本に限ったことではなく、ほとんどの国でそうだし、昔からそうである。例えば、スウェーデンには、 1800 年ごらからの男女の死亡率と期待余命のデータが整っている。それによると、 1800 年から現在まで、どの年齢においても男性の死亡率が高く、女性の期待余命の方が長いのである。

野生動物の寿命を測定するのは非常に困難なことだ。それでも、シカ、アザラシ、サル、チンパンジーなど、正確なデータが蓄積されている哺乳類ではみな、各年齢での雌の死亡率の方が低い。哺乳類は、雌が妊娠・出産し、授乳して子を育てるので、母親が死ぬと、現在の子も将来の子もすべての可能性がなくなる。だから、雌は死ににくくできているのだろう。一方、雄と雌が一緒に子育てする鳥類では、雌雄の死亡率の差があまりない。だから、子育てへの寄与が関係している、というような進化的説明はつけられるが、死亡率性差が生じる原因は何なのだろう?

男性ホルモンが免疫作用を抑制する、雄には X 染色体が 1 本しかない、などなど、男性の方が死にやすくなる原因の候補はあげられているが、今のところ決定打はない。おそらく、要因は一つではないだろう。

というわけで、ヒトに限らず哺乳類では、雌の死亡率の方が低く、平均寿命が長くなるようだ。

ところが、である。現在の世界中の医療データを見てみると、今現在生きている人々の間では、客観的にも主観的にも男性の方が健康らしい。女性の方が、不調を抱えている人の割合が高く、医者にかかる頻度も高いのだ。女性の方がからだの不調に関する感度が高いのか、これまた、その原因は不明なのである。

生物学的背景と社会文化的影響を分けるのは困難だ。が、丁寧な研究により、男女がともに快適に暮らせる社会を作っていきたい。

( 2020 年2月23日)

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