2018.10.28
時代の風~第23回 ヒトが全世界に広がった訳 旅へ駆り立てた好奇心(2018年10月28日)
ヒトが全世界に広がった訳 旅へ駆り立てた好奇心
私たちホモ・サピエンスという動物は、今から 20 万年~ 30 万年前にアフリカで進化した。その後、アフリカを出て急速に広がり、南極大陸を除く全世界に分布するようになった。熱帯から寒帯まで、低地から高地まで、ヒトはあらゆる環境に進出している。
動物の一種としては、これは驚異的なことだ。何でも食べることで有名なドブネズミでも、こうはいかない。なぜ、ヒトはこれほど多様な環境に住めるのか?
その答えは、ヒトが持つ文化の力である。クマの仲間は熱帯から北極にまで生息している。熱帯のマレーグマは毛が黒くてからだは比較的小さい。温帯から亜寒帯にすむヒグマはからだが大きく、毛が赤茶色。ホッキョクグマになると、からだが大きいばかりでなく毛が白い。普通、動物が異なる環境にすむには、異なる形態の進化が必須だ。
しかし、ヒトは、自分のからだがそれほど変わらなくても、自ら生み出した文化によって対応してしまう。北極に進出するには、ホッキョクグマを狩ってその毛皮を着ればよいのだ。ホッキョクグマの毛皮を着れば寒くなくなると気づいた一人が、気づかなかった他人に教えてあげれば、瞬く間に全員が寒冷地に進出可能となる。もちろん、話はこんなに簡単ではないが、文化伝達の効用は絶大だ。
それはさておき、今回取り上げたいのは、ヒトはなぜこんなに全世界に広がったのか、ということだ。アフリカで誕生したホモ・サピエンスは、ほんの一握りの少数でしかなかった。初めから 100 万人以上いたわけではない。そして、アフリカは広い。窮屈だったはずもないのに、なぜアフリカを出て他の世界に行こうとしたのだろう?
アフリカを出て、アジア、ヨーロッパ、オーストラリアまで行く。シベリアからベーリング海峡を渡り、北アメリカ大陸に進出し、そこから南下して南アメリカの最南端まで行く。アジアから海に進出し、太平洋の島々に拡散する。それが、ほんの数万年の間に成し遂げられたのだ。
生態学的に必須ではないとしたら、なぜホモ・サピエンスは、先へ先へと旅したのだろう?今の旅とは比べものにならないくらい危険だったにもかかわらず。
それは、ヒトという生物が根源的に持っている好奇心なのだと私は思う。あの山の向こうには何がある、という好奇心。物事の因果関係というものを理解し、明日という未来を想像することのできる存在は、未知のものをわかりたい、知りたい、見たいという気持ちになるのだろう。だからヒトは、世界中に分布を広げ、現象の説明を探し求め、よりよい道具を発明し、さらにそれらを改良し、現在の文明にたどり着いた。
食べることは楽しみ、セックスは楽しみ、仲間がいるのは楽しみであると同様に、見ること、知ること、わかることは楽しみなのだ。南米のパラグアイに住む狩猟採集民のアチェという人々の男性は、生涯に 1 万 2000 万平方キロの範囲を行動するという。ヒトは渡り鳥ではないし、単に毎日の食料を追いかけているだけで、これだけの面積を移動する必然性はない。では、なぜこんなに歩き回るのか?やっぱり、あの先に何があるのかを見たいのだ。
ニホンザルの子どもたちも、結構いろいろなことに興味を抱く。彼らにも、ときには新しい「文化」と言える行動が出てくるが、それはたいてい若い個体による発明だ。
ヒトの子どもは本当に何にでも興味を示し、「なぜ?」を連発する。それには答えてあげねばならない。子どものときの単純な「なぜ?」に導かれて、どれほどのものを見たか、触ったか、経験したか、その蓄積が、おとなになったときの心的世界のもとになるのだ。
今や、電車の中でもどこでも、子どもがスマートフォンを見ている。視覚的に引きつけられるので、そちらに注意が向くのだろう。そうすると、ほかのものに注意を向ける時間が減る。つまり、経験の幅が狭くなる。それはとてももったいないことだと思うのだ。
子どものときの感性の鋭さは独特である。そんな時は二度とない。スマホの画面ではなく、現実世界の多様さとおもしろさを経験させてあげて、この好奇心を健やかに育てあげるのが、ヒトのおとなの義務ではないかと思うのである。
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