2018.04.01
時代の風~第18回 他者の心を読む(2018年4月1日)
他者の心を読む、違う大前提 加減難しく
森友問題に関連して、「忖度」という言葉がよく聞かれる。少し前にはやった「KY」という言葉もある。「KY」は「空気が読めない」の略だということだが、「忖度」も「KY」も、相手の心を読み取って、それに合わせてこちらの行動を変えることに関する言葉だ。前者は、過剰にそうする行為と解釈され、後者は、それができない状態を指す。
ヒトという動物は、体重に比べて非常に大きな脳を持っている。ヒトの脳重は体重の2%に達するが、こんな大きな脳を持っている動物はほかにいない。クジラやゾウの脳は絶対値では大きいが、体重も大きいので、相対的な脳重はヒトほどではない。 ヒトは、なぜこんな大きな脳を持つことになったのだろう?
その大きな理由の一つとして論じられているのが、他者の心を読む能力である。ヒトは、自分自身に「こころ」があり、それが自分の行動を決めるもとになっていることを知っている。そして、他者にも同じような「こころ」があると仮定し、その「こころ」を読むことによって他者の行動を理解している。
ところで、他者の「こころ」というものは、つかみ取って見ることができないので、推測するしかない。ではどうやって推測するのか? 他者の視線の方向に注目することから始まり、表情や言葉遣い、抑揚、微妙な動作など、すべての情報が動員される。ヒトの赤ん坊は、生まれながらに他者の目に注目するようだが、これらの行動が総動員されて他者の「こころ」がわかるようになるには、発達と経験の積み重ねが必要である。
このような脳の働きは、「心の理論」モジュールと呼ばれている。「心の理論」と言うが、こころに関する科学的な理論の名称ではない。ここで述べたように、実際に目で見ることのできない他者の「こころ」というものを、自分の経験に基づいて推測する能力一般を指す。「理論」と呼ぶのは、決して実際に見ることのできない他者の「こころ」に関して、ある種の理論を誰もが構築しているからだ。
モジュールとは、脳の働きの中で、ある特定の作業をするための仕組みを指す。「心の理論」を働かせるために使われている脳の領域があり、それば、他の、たとえば物理的な世界の理解に使われている部分とは異なるので、他者のこころの理解に特化したモジュールなのである。
たくさんある品物の中で、あの人はずっと「あれ」を見ていた、だから「あれ」が欲しいのだな、と思う。「私のこと好き?」と聞いたら、相手は一瞬、間を置いてから「うん」とためらうように言った。それで「ああ、本音はそうではないのだ」と思った。このように、言葉の表面的内容とは異なる情報からも私たちは絶えず他者のこころを推測している。
このように、誰もが「心の理論」という働きを備えているので、たとえ何も言わなくても、相手が何を考えているのか、どんな気持ちであるのかを推測し、それによって自らの行動を変えている。ただし、その度合いは個体差が非常に大きい。普通の社会生活がうまくいかないほどにこれができないと、「自閉スペクトラム症」ということになる。その中で、あまりわからないけれど、古典的な自閉症ほどではないという場合、それらは「アスペルガー症候群」と呼ばれる。
個体差だけでなく、「心の理論」をどれほど働かせるかには、かなりの文化差があるようだ。一般に、欧米では、もちろん「心の理論」は正常に働かせてはいるものの、「他者のことを気にしなくてはいけない」ということが当然ではない。いつでも「自分が何をしたいか」が最優先なのである。「他者のことも気にしてください」と明確に言われると、みんなそうする。それに対して、どうやら日本では、他者のことを気にすることこそが、当然の設定とされているようだ。
「気にしなくていいですよ」と明確に言われると、みんなそうする。 どんな文化の人だろうと「心の理論」はあるのだが、この無意識の大前提が異なることによって、最終的にそれぞれの文化が作る社会は非常に異なる。他者のこころを読めなくても、読み過ぎても、問題を起こすことになるのだ。このバランスは難しい。やり過ぎるとおせっかいになるし、不幸を招くことにもなる。
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