2018.06.24
時代の風~第20回 心地よい二分法 「熟慮」奪い去ったネット(2018年6月24日)
心地よい二分法 「熟慮」奪い去ったネット
天気予報で「今日の降水確率30%です」とあったら、傘を持って出かけますか? 20%だったら? 70%だったら? 降水確率がどうであれ、傘を「持っていく」か「持っていかない」か、行動の選択肢は二つしかない。傘を30%だけ持っていくことはできないのである。
人間は二分法が好きだ。
「陰と陽」「男と女」「右派と左派」「上と下」「敵と味方」「我らと彼ら」などなど、どの文化にも二分法はあふれている。現実には、たいていの物事はもっと複雑で、そんなにきれいに分かれるものでもない。しかし、人間が最終的な意思決定をするときには、多くの事柄が、傘を「持っていく」か「持っていかない」かのように二者択一となる。そうすると、人間にとって、そもそもいろいろなものを二つのカテゴリーに分ける方が、心地よいのではないだろうか?
たいていの物事を、三つに分けたり四つに分けたりするのが当たり前、という文化はないのではないか? 「ない」と自信を持って言えるわけではないのだが、非常に少ないと思う。
ところで、商品を買うとき、たとえ自動車などの高価なものであっても、その商品の機能その他に関する情報が、たくさんあればあるほど適切な判断ができるかというと、そうではない。また、人は、商品に関する情報がうんとたくさんあればあるほどうれしいということもない。
情報が少な過ぎると困るのだが、あり過ぎると、それも嫌う。これも、どうせ「買う」か「買わない」か、行動の選択肢は二つしかないのだから、適当なところで腹をくくりたくなるのだろう。
選挙でも、結局はこの候補に「投票する」か「投票しない」か、選択肢は二つである。しかし、支持・不支持がよほど明快でない限り、人は、普通は迷うだろう。そして、候補者の意見その他の情報が多くあればあるほど、決めがたいと思ったり、あちらの候補が40点、こちらの候補が60点ぐらいに感じたりして迷うに違いない。
こうして見てくると、人間は、情報がたくさんあると二者択一の判断をしにくくなる。そして、そんな状況に陥るのは不快で、簡単に二者択一で判断したいという欲求がある、と言えそうだ。
学問の営みは、いろいろな問題とその状況に疑問を差し挟み、対象をよくよく調べることで、二分法で単純な解釈はできないということを示し続けてきたのだと思う。人種という単純なカテゴリーは存在しない、男と女、と明確に分けられるものでもない、意見の相違を「敵と味方」と単純に分けてしまうと本質を見失う--などなど。
このような学問の成果を本当に取り入れるためには、立ち止まってじっくり考えなければならない。ところが、商品の説明があまり多すぎると嫌われるように、人間は、あまり多くの説明をされることは嫌いなのだ。とすると、じっくり考えて学問の成果を取り入れるのは、人間にとって、はなから心地よい作業ではないのだろう。
しかし、そこをなんとかというか、いやでもじっくり考えねばならないという「良識」があった。少なくとも少し前までは。これを大きく壊したのがネットだろう。ネットの世界は、飛び交う文章も短いし、同じ考えを表明する仲間たちだけで意見を増幅し合うので、二分法と二者択一が専横する。ネットの世界では、長々とした説明は不人気、単純明快な主張で人々に二分法を押し付ける。というか、二分法であっさり決着をつけたいという人々の本来の欲望に、すっかり乗っかっているのだろう。
極端な意見は昔からあった。それを、ある意味で爽快だと思う風潮も昔からあった。しかし、そういうふうに感情に任せてしまうのはいけないという歯止めが、社会のどこかに確かに存在した。ネットは、そんな歯止めをなくし、なくてもいいのだと思わせている。
そんな影響もあってなのか、ともかく短い時間で、短い文章で自己アピールせよ、というメッセージが広がっている。そんな簡単に表せるものなんて、本当はないのに。
この先には何があるのか?学問はウザイ、長い説明は聞く耳持たない、となったら危険である。もうなっている?
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