2020.11.17
目の水晶体(レンズ)形成におけるタンパク質合成制御の仕組み
研究論文助成事業 採択年度: 2020
基礎生物学専攻 中沢香織
基礎生物学コース
Implications of RNG140 (caprin2)-mediated translational regulation in eye lens differentiation
掲載誌: Journal of Biological Chemistry 発行年: 2020
DOI: 10.1074/jbc.RA120.012715
タンパク質「RNG140」によって細胞増殖関連タンパク質の翻訳が抑制され、レンズ分化関連タンパク質の翻訳は抑制から逃れることによって、レンズの分化が進む。
ゲノムDNA上の遺伝情報は伝令RNAに「転写」され、この伝令RNAを鋳型にしてリボソームでタンパク質が合成(「翻訳」)されることで、遺伝情報からタンパク質が作り出されます。目の水晶体(レンズ)が形成される過程では、まずレンズ線維細胞が分裂して増殖します。その後増殖が停止し、細胞が圧縮されると共にレンズ特有のタンパク質であるクリスタリンなどが合成されることによって、透明なレンズ核が形成されます。このようなレンズの分化の際に一過的に増加する翻訳制御因子として、RNG140 (caprin2) というタンパク質が知られています。RNG140を欠損したマウスでは、実際にレンズ核の形成不全が起こることが報告されています。しかし、RNG140による翻訳制御の仕組み及び、それがどのようにレンズの形成不全と関連するかは不明でした。
本研究から、RNG140は翻訳開始因子(eIF3)に結合し、その活性を抑制することで翻訳を抑制することがわかりました。さらに、RNG140による翻訳抑制には選択性があり、伝令RNAの長さが重要な鍵を握ることがわかりました。マウスのレンズ線維細胞において、RNG140に翻訳抑制される伝令RNAは長さが長く、細胞増殖に関連するものが多いという特徴を持っていました。他方、翻訳抑制から逃れた伝令RNAの長さは短く、レンズ分化に関与するものが多いことがわかりました。この結果から、RNG140は伝令RNAの長さ依存的に翻訳を抑制することによってレンズ線維細胞の増殖を停止させ、レンズ核への分化を促進していると考えられました。
本研究はRNG140が関与する翻訳制御機構が、伝令RNAの長さを区別し制御することで、細胞増殖と分化を切り替えるスイッチとして働くモデルを提示しました。伝令RNAの長さを区別し制御するという制御機構が、レンズに限らず様々な細胞の分化や運命決定にも共通するかどうか、今後さらに研究を展開したいと思います。
書誌情報
Kaori Nakazawa, Yuichi Shichino, Shintaro Iwasaki, and Nobuyuki Shiina. "Implications of RNG140 (caprin2)-mediated translational regulation in eye lens differentiation." Journal of Biological Chemistry (2020)
DOI: https://doi.org/10.1074/jbc.RA120.012715
生命科学研究科基礎生物学専攻 中沢香織