2020.09.18

南極現地調査で明らかになった過去の急激な南極氷床の融解とそのメカニズム

プレスリリース

極域科学コース

Abrupt Holocene ice-sheet thinning along the southern Soya Coast, Lützow-Holm Bay, East Antarctica, revealed by glacial geomorphology and surface exposure dating

掲載誌:

DOI: 10.1016/j.quascirev.2020.106540

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277379120305023?via%3Dihub

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‍研究の概要と成果、新規性

  • 東南極の宗谷海岸南部での氷河地形調査と岩石の年代測定に基づいて,約2万年前の最終氷期以降における東南極氷床の融解過程を詳しく明らかにしました。
  • この地域では9-5千年前の間に,南極氷床が厚さで400 m以上も急激に融解したことがわかりました。
    この急激な南極氷床の融解は,外洋から流入した暖かい海水によって引き起こされたと考えられ,氷床融解のメカニズム解明のための重要な知見となります。

研究概要

本研究では,氷河地形調査と表面露出年代 *1 測定(用語解説参照)から,東南極宗谷海岸南部の露岩 *2 域における時空間的な氷床融解過程を復元しました。その結果,この地域では最終氷期において完全に南極氷床に覆われており,その後およそ9千年から5千年前にかけて氷床が急激に融解したことが明らかになりました。この急激な氷床の融解時期は,沖合の暖かい海水が露岩域近傍の海底谷へ流入した時期とおおよそ一致します。以上の結果は, 暖かい海水の流入によって急激な氷床融解が起きたことを示唆しています 。本研究結果は南極氷床の融解メカニズムの理解に貢献するだけでなく,南極氷床変動の将来予測のためのコンピューターシミ

研究の背景

南極氷床の変動は,海水準・海洋循環の変動を介し全球的な気候変動と密接に関連しています.そのため,南極氷床の変動メカニズムを理解することは今後の人為的温暖化による地球環境変動を適切に評価する上で非常に重要です。近年,南大洋(南極海)の水温上昇により西南極の棚氷の流出速度が急激に上昇するだけでなく,西南極氷床も融解し始めていることが報告されています。とくに,氷床末端での融解は,大陸氷床内部に伝播しさらなる氷の流出を招くため,更なる氷床融解とその結果として急激な海水準上昇につながる恐れがあります。しかし,南極氷床,とくに東南極氷床の融解メカニズムは未解明の部分が多く,また現在の観測だけでは、今後急激に変化するかもしれない南極氷床融解の将来予測は容易ではありません。日本の南極観測拠点,昭和基地が位置する東南極の宗谷海岸では,過去の氷床融解について非常に限られたデータが得られていたのみであり,詳細な現地調査を基にした時空間的な氷床融解過程とその融解メカニズムは明らかにされていませんでした。我々は,この地域で2ヶ月におよぶ現地調査を2度にわたって実施し,さらに多地点より表面露出年代を得ることで,直近の氷期である最終氷期 *4 以降の南極氷床の時空間変動の精密な復元を試みました。

研究の内容

第57次および第59次南極地域観測隊において,東南極宗谷海岸南部の露岩域(スカルブスネス、スカーレン、テーレン:図1)に赴き,現地での氷河地形調査を実施しました。また、これら露岩域の29箇所から迷子石*を採取し、日本に持ち帰って試料の表面露出年代を測定したところ,標高50 mから400 m(最高地点)まで連続的に採取した迷子石の表面露出年代は,およそ9?5千年前に収束することが明らかになりました(図2,3)。これらの結果から,最終氷期において南極氷床はこの地域の最高地点(標高400 m)を完全に覆っており,その後9?5千年前にかけて急激に融解した(短期間で露出した)ことが示されました。この融解時期は南極における気温上昇のタイミングとは一致せず,むしろ調査地域近傍の海底谷への暖かい海水の流入時期と一致します(図4)。今回の結果は,急激な氷床融解を引き起こすメカニズムとして暖かい海水の流入が大きな役割を果たしている可能性を示しています。

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図1:研究調査地域である東南極宗谷海岸。スカルブスネス,スカーレン,およびテーレンでの氷河地形調査および,迷子石試料の表面露出年代測定を行なった。
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図2:(a)スカルブスネスのシェッゲで採取した表面露出年代測定の結果。

試料名(1801?),種類(E迷子石,B基盤岩),標高および表面露出年代を示す。赤字で示した数値はベリリウム-10(10Be)を基にした表面露出年代,青字で示した数値はアルミニウム-26(26Al)を基に計算した表面露出年代を表す(単位は千年)。(b)シェッゲの標高400 m地点。基盤岩は激しく風化を被っていた。(c)シェッゲの標高194 m地点。標高約250 m地点を境に基盤岩の風化状態が異なっていた。黄色丸で囲まれた迷子石を採取し,表面露出年代を測定した。基盤岩は表面が激しく風化しており,また表面露出年代も迷子石と比べて著しく古いことから,最後に氷床から露出した年代を調べるためには適さないことが明らかとなった。

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図3:横軸は迷子石の表面露出年代,縦軸は迷子石試料の採取地点の標高。表面露出年代測定の結果はおよそ9?5千年前に集中しており,この期間に急激に氷床が融解したことを示す。
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図4:宗谷海岸南部地域の氷床融解過程の概念図。

青矢印は地形調査結果から推定される当時の氷床流動方向を示す。宗谷海岸南部地域は約2万年前の最終氷期最盛期には厚さ400 m以上の氷床で覆われていた。その後,約9?5千年前にかけて暖かい海水(周極深層水)が海底谷に流入したことにより氷床が急激に融解したと考えられる。

今後の展望

本研究により,西南極氷床のみでなく,地球上最大の氷床である東南極氷床においても,過去に暖かい海水の流入に起因すると考えられる急激な氷床の融解が起きたことが明らかとなりました。今後,宗谷海岸近傍から採取された海底堆積物や海底地形データの分析・解析によって,海洋による氷床の急激な融解メカニズム(海洋-氷床の相互作用)の理解がより深まると考えられます。このような知見は,今後の気候変動による南極氷床の変動の将来予測においても重要な知見となります。

用語の解説

*1 表面露出年代:地表面が宇宙線にさらされている間に岩石中に形成される宇宙線生成核種(10Be・26Alなど)の蓄積量から,地表面が氷床から露出した年代を推定する手法。

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用語解説図:表面露出年代の概念図。

氷床が融解するとその中に含まれていた岩石(迷子石)が氷床から露出し,宇宙線にさらされ宇宙線生成核種が蓄積する。その蓄積量から,氷床から露出してから経過した時間,すなわち表面露出年代が求められる。Heyman et al. (2011)を一部改変して作成。

*2 露岩:現在氷床に覆われておらず地表面が露出している場所。

*3 迷子石:氷河によって削り取られた岩塊が,長い年月のうちに氷河の流れに乗って別の場所に運ばれ,氷河が融け去った後にその場に取り残されたもの。

*4 最終氷期:第四紀の氷期間氷期サイクルのうちの最後(現在から直近)の氷期。約7万から1万年前まで。とくに最終氷期中の約2万年前の全球的に最も寒くなった期間のことを,最終氷期最盛期と呼ぶ。

謝辞

本研究はJSPS科研費(19H00728, 16H05739, 17H06321, 22500991),東レ科学技術研究助成,日本科学協会の笹川科学研究助成(2019-6047)および,国立極地研究所のプロジェクト研究費(KP-7, KP306)の助成を受けて行われました。また,現地調査・試料採取は第57,59次南極地域観測隊の支援により行われました。

論文情報

掲載誌: Quaternary Science Reviews
タイトル:Abrupt Holocene ice-sheet thinning along the southern Soya Coast, Lutzow-Holm Bay, East Antarctica, revealed by glacial geomorphology and surface exposure dating

https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2020.106540

著者

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南極大陸での岩石サンプリングの様子

川又基人(総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻)
菅沼悠介(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
土井浩一郎(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
三澤啓司(国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授)
平林幹啓(国立極地研究所 アイスコア研究センター/気水圏研究グループ 特任助手)
服部晃久(総合研究大学院大学 複合科学研究科 極域科学専攻)
澤柿教伸(法政大学 社会学部 准教授)

連絡先

川又基人 kawamata.moto(at)nipr.ac.jp
菅沼悠介 suganuma.yusuke(at)nipr.ac.jp
総合研究大学院大学 総合企画課 広報社会連携係 kouhou1(at)ml.soken.ac.jp 046-858-1584
国立極地研究所 広報室 kofositu(at)nipr.ac.jp

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