2024.04.12

【プレスリリース】ホタルの発光メカニズムを探れ!炭素原子X線吸収計測でルシフェリン分子の構造変化を解明

群馬大学大学院理工学府・工藤優斗(2022年度修士卒)、樋山みやび准教授、板橋英之教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK) 物質構造科学研究所・熊木文俊博士研究員、足立純一講師、分子科学研究所(総合研究大学院大学)・長坂将成助教、静岡大学・野口良史准教授、名古屋大学・古賀伸明名誉教授による共同研究グループは、炭素原子のX線吸収の計測および理論計算による分析を通じて、ホタル生物発光の発光色に大きく関わるホタルルシフェリン(以下、ルシフェリンとする)のフェノール性水酸基からの脱プロトン化がpHの変化により生じる様子を明らかにすることに成功しました。

1. 本件のポイント

  • ホタルは基質であるルシフェリンが酵素と化学反応することにより光を発している
  • ホタルの発光色は溶液のpHや温度などの違いにより変化することは古くから知られているが、発光色が決まる分子的なレベルでのメカニズムは依然として謎のままである
  • 今回、ルシフェリン構造変化のモデルケースであるプロトン脱離に着目した
  • X線吸収計測と量子化学計算から、構造変化を反映する炭素原子X線吸収スペクトルを特定した
  • 本研究により元素選択的な新しい視点で発光色変化メカニズムを解明する道が拓かれた

2. 本件の概要

ホタルの生物発光は、基質であるホタルルシフェリン(以下、ルシフェリン)とルシフェラーゼ酵素とのルシフェリン-ルシフェラーゼ反応による発光です。多くの研究に基づき、ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応の経路としては、ルシフェリンとアデノシン三リン酸(ATP)が中間体であるルシフェリル-AMPを生成し、次に、酸化反応により発光体であるホタルオキシルシフェリンの励起状態が生成されるモデルが認められています。発光色はpHや温度など環境の違いで異なることが知られていますが、このモデルではその理由を説明することができません。発光色の違いを解明するには、酵素や溶媒の存在下で発光反応途中の構造変化を調べる必要があります。しかし、この環境を考慮した分子構造の変化は実験的に捉えることが難しく、発光色が決まる分子的なレベルでのメカニズムは依然として謎のままです。

研究グループは、溶媒のpH変化によってルシフェリンからプロトン(水素イオン)が脱離するときに起こる分子構造の変化を炭素原子X線吸収スペクトルの変化として捉えることを目指しました。プロトンの離脱は環境の変化でルシフェリンが示す構造変化のモデルケースです。本研究では、分子構造の変化を捉える方法として、物質の特定原子周辺の化学状態を観測できるX線吸収計測、とくに、有機分子の基礎となる炭素原子の内殻励起を利用する炭素原子X線吸収計測に着目しました。従来、溶媒中の有機分子を構成する炭素原子のX線吸収計測は技術的に困難でした。本研究では分子科学研究所・長坂により開発された厚さ可変の溶液セルシステムを用いることにより、この計測を可能にしました。さらに、pHごとに得られたX線吸収スペクトルピークが、どの炭素の励起状態に対応するかを調べるために、プロトン離脱前後のルシフェリンについて、量子化学計算により溶媒を考慮して電子状態を計算しました。計測と量子化学計算を組み合わせることにより、上記の脱プロトン化を反映する炭素原子X線吸収スペクトルの特徴を特定することができました。本研究により、pH変化に伴いルシフェリンが示す構造変化を炭素原子X線吸収スペクトルの変化として捉えることが可能であると実証されました。炭素原子X線吸収計測はKEKフォトンファクトリー BL-7Aで行いました。

このように、最近、炭素や窒素、酸素原子等のエネルギーの低い領域の時間分解X線吸収計測が確立されつつあります。一方で、光照射によりルシフェリンを生成するケージドルシフェリンの開発が進み、この化合物を用いて、ホタル生物発光を時間的・空間的に制御することが可能になってきました。本研究により、pH変化にともないルシフェリンが示す構造変化を炭素原子X線吸収スペクトルの変化として捉えることが可能であると実証されたことで、ケージドルシフェリンをもちいた時間分解X線吸収計測などにより、長年の謎であるホタルの発光メカニズムを元素選択的な新しい視点で明らかにする道が拓かれました。

ルシフェリン-ルシフェラーゼ反応は生体内のガン細胞や薬剤の移動経路を調べるための画像解析(医学、薬学、神経科学)・遺伝子解析(遺伝子学)・微生物検査(環境学)などに利用されているため、標識材料として新たなルシフェリン類似体や酵素の変異体の開発が進んでいます。発光現象の不思議、という視点での発光メカニズム解明の基礎研究は、生体計測における技術開発への貢献につながっています。

3. 論文詳細

  • 論文名: Experimental and Theoretical Study for Core Excitation of Firefly Luciferin in Carbon K‐Edge Spectra
  • 論文著者: Yuto Kudo, Fumitoshi Kumaki, Masanari Nagasaka, Jun-ichi Adachi, Yoshifumi Noguchi, Nobuaki Koga, Hideyuki Itabashi, and Miyabi Hiyama*
  • 工藤優斗1、熊木文俊2、長坂将成3、足立純一2、野口良史4、古賀伸明5、板橋英之1、樋山みやび1*
    (1群馬大学、高エネルギー加速器研究機構、分子科学研究所、静岡大学、名古屋大学)
  • 公開日: 2024年1月5日

4. 研究助成

本件は、下記の支援により実施されました。

  • 科学研究費補助金「基盤研究B(課題番号19H02680)」
    (研究代表者:分子科学研究所・長坂将成、研究期間:2019年度ー2021年度)
  • 科学研究費補助金「基盤研究C(課題番号20K03784)」
    (研究代表者:静岡大学・野口良史、研究期間:2020年度ー2023年度)
  • 科学研究費補助金「基盤研究C(課題番号21K04989)」
    (研究代表者:群馬大学・樋山みやび、研究期間:2021年度ー2023年度)
  • 高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所「PF課題(課題番号2021PF-G012)」
    (実験責任者:高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所・足立純一、研究期間:2021年度)
  • 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所「PAC課題(課題番号2021G047)」
    (実験責任者:分子科学研究所・長坂将成、研究期間:2021-2022年度)

5. 本件に関するお問い合わせ先

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