2024.03.22

【学生インタビュー】ウイルスは未知の宝庫(遺伝学専攻 西村瑠佳さん)

 

西村瑠佳 生命科学研究科遺伝学専攻(国立遺伝学研究所)5年一貫制博士課程5年生(インタビュー実施時点)
2024年3月に修了し、第12回SOKENDAI賞を受賞
2024年4月1日より、東京大学 医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野 特任研究員

 

遺伝学専攻(5年一貫制博士課程5年生)の西村瑠佳さんは1月、プレスリリース「ウンチの化石から明らかになった縄文人の腸内環境 ~古代人糞石のメタゲノム解析~」を発表し、その成果が大きな話題を呼びました。古代ウイルス学という新しい研究分野で優れた業績を挙げ、今春から研究者として歩み始める西村さんに、研究の楽しさや人生の転機となった出来事などについて聞きました。

(インタビュアー:科学技術ライター 藤木信穂)

糞石から古代ウイルス解析

  1. 今回、縄文時代の糞の化石(糞石)から取得したDNAの解析に日本で初めて成功したそうですね。
遺伝学専攻(5年一貫制博士課程5年生) 西村瑠佳さん

西村瑠佳さん :はい、ありがとうございます。糞石からDNAを取り出し、そのDNAの配列情報をメタゲノム解析※1しました。指導いただいた井ノ上逸朗先生らと得られた大規模なDNAデータを分析し、縄文人の腸内に存在したとみられる細菌やウイルスに由来するゲノム配列を見いだしました。これらの細菌やウイルスは、縄文人の腸内環境を反映することから、今後、彼らの健康状態などを推定できると考えています。

  1. 福井県若狭町の「鳥浜貝塚」から発掘された、7000―5500年前の糞石だそうですね。貴重な史料なのでしょうか。

西村瑠佳さん :糞石を検体として扱う場合、保存状態が非常に重要になります。世界でも糞石が良い状態で残っている例は少ないそうですが、鳥浜貝塚は大量の糞石が出土されることで有名で、保存状態も良いものが多いそうです。ただ、そこからDNAを抽出するには、考古学的に重要な史料に傷をつけなければなりません。共同研究チームの福井県立若狭歴史博物館の文化財調査員である鯵本眞友美さんらと、東京大学大学院理学系研究科の太田博樹先生らが長年をかけて信頼関係を構築してくれたおかげで、今回、糞石の検体を使うことができました。

  1. 考古学と古ゲノム学。異分野だからこそ、共同研究に至るまでが大変だったのですね。腸内環境から当時の縄文人が食べていたものや健康状態が推定できるそうですが、現時点でどこまで分かっているのですか。

西村瑠佳さん :糞石の検体から、縄文人の腸内にいたであろう細菌やウイルスを調べ、それらがどういった組成をしているのかを推測しています。ただ、糞石に残っていたDNAがかなり断片化され、長期に保存されている間に分解が進んでいたため、細菌のゲノムの特定や詳細なウイルス種の同定まではまだできていません。今回はスクリーニングで精査した10検体のうち、異なる人の糞石とみられる4検体を調べました。今後、類似の検体でさらに解析を進めていけば、多くのことが分かってくると思います。

発掘調査の行われた鳥浜貝塚
(ご提供:若狭歴史博物館)
西村さんが研究で使用した試料と同じ1975年に出土した糞石
(ご提供:若狭歴史博物館)

ウイルスの進化を解明する

    - 2019年に、国立科学博物館のグループによって縄文人の骨や歯に残ったゲノムが解読され、縄文人の目や皮膚の色、髪の毛の特徴などが分かってきました。これに関連した研究でも、成果を発表されていますね (プレスリリース「縄文人が感染していた古代ウイルスのゲノム配列を特定 ~縄文人ウイルスから解き明かすウイルス進化過程~」)。

西村瑠佳さん :はい、そうです。このゲノムデータを使わせていただき、ウイルスの解析を行いました。具体的には、縄文人の歯(歯髄、しずい)から得られたDNAから、口腔内に存在する特定のウイルス(CT89ウイルスなど)のゲノム配列を突き止め、2020年に発表しました。古代のウイルスが分かることで、数千年、数万年単位の長期的なウイルスの進化を明らかにできると考えています。

  1. 興味深いですね。ウイルスの進化の過程が明らかになれば、人類の将来の病気の予測なども可能になるのでしょうか。

西村瑠佳さん :ウイルスの長期的な進化が分かれば、例えば、次のパンデミック(世界的大流行)を防ぐことなどにその知見を応用できるかもしれません。ウイルスはどのように誕生し、どうやってここまで進化してきたのか。今後も古代ウイルスを使ったアプローチで、そうした謎を解明していきたいです。

インタビュアー藤木信穂さん

生物学との出会い

  1. 学部時代は、水産学部から理学部の生物科学科へ転部されたそうですね。なぜですか。

西村瑠佳さん :今でこそ研究者の道を歩んでいますが、高校生の頃から研究者を目指していたわけではなく、大学入学当初は将来についてそこまで深く考えていませんでした。最初の2年間は一般教養に加え、魚類など水産物をベースにした生物学や生産経済学、生産経営学などを勉強し、楽しく学んでいました。ただその後、たまたま入ったサークルで合成生物学に出会い、そこで研究していく中で、どんどん基礎的な生物学へと興味が移っていったんです。

  1. 生物版「ロボコン」とも言われる、米マサチューセッツ工科大学(MIT)発祥の「iGEM(アイジェム)」コンテストへの出場を目指すサークル活動ですね。

西村瑠佳さん :はい。iGEM※2は、大腸菌を始めとした生物の遺伝子組換えによって人や社会にとって有益なものを作るというコンセプトの国際大会です。iGEMサークルに入ればアメリカに行けるよ、と言われて入りました(笑)。研究に対する大きなモチベーションはなかったのですが、結果的に面白くて熱中し、大学院からではなく、もっと早い段階で生物の基礎を学びたいと思って転部しました。コンテストでは数百チームが競う中、1年目は銀賞、2、3年目は銅賞をいただきました。当時は英語力がなく、原稿は覚えてなんとか発表しましたが、質問が理解できず惨めな思いもしました。ただ、その後に大学の海外派遣プログラムなどでポルトガルやフィリピン、カナダに短期間滞在し、生態学系の研究に参加するなど、英語を磨くきっかけになったと思います。

西村瑠佳さん、2015年「マイクロバスターズ」という発表タイトルでiGEMに初参加(iGEM会場にて。上段左から3人目)。本大会で銀賞を受賞。

ウイルスは未知の宝庫

  1. 生物への興味は以前からあったのですね。そこからなぜ、ウイルスの研究に移ったのですか。

西村瑠佳さん :小さい頃から、誕生日にもらった顕微鏡でプランクトンを観察して自由研究にまとめたり、『人体の不思議展』などに何度も足を運んだりしていて、生物は好きでしたね。母親からプレゼントされた絵本『せいめいのれきし ※3』も毎日読むくらい好きでした。

 確かにウイルスは『非生物』です(笑)。ただ、細胞を持ち、自己複製ができて、代謝を行うという生物の定義には当てはまらなくても、ウイルスの進化は生物の進化に深く結びついていると考えられます。例えば、数百万年前くらいの昔にヒトの祖先のゲノムの中に入り込んだウイルスの配列が、現代の私たちの胎盤の形成などに影響を及ぼしているといった話もあり、ウイルスはとても興味深いなぁと思います。当初はヒトゲノムを研究したいと思ったのですが、ヒトゲノムの解析は多くのことが分かりつつあり、一方で、ウイルスのゲノム解析については未解明のことがたくさんありました。遺伝子をはじめとする遺伝情報は進化の過程で獲得されてきました。ウイルスのゲノム解析がまだ新しい領域であり、さらにウイルスの進化にも興味を持ったことから、ウイルスの研究にシフトしました。

  1. 2023年はヒトゲノムの解読完了から20周年でしたね。当時の記憶はありますか。

西村瑠佳さん :その頃は小学生だったので、はっきりとした記憶はありませんが、唯一、覚えているのは、文部科学省が毎年発行している『一家に1枚』シリーズの『ヒトゲノムマップ』ポスターが出たときに、買ってもらったことです。染色体の図が描かれていました。そう言えば、2023年のポスターのテーマは『ウイルス』でしたね。

総研大での研究生活

  1. まもなく5年一貫制博士課程を修了されますが、遺伝研の研究環境はいかがでしたか。

西村瑠佳さん :5年間、ここで大学院生活を送ることができて本当に良かったです。2016年に三島で行われた遺伝学会のiGEMサークルのイベントに参加したことで、初めて遺伝研の存在を知りました。ここは研究所なので先生との距離感が近く、学生でも一人前の研究者として扱ってもらえます。また、私の学年は半分くらいが留学生でした。インドやインドネシア、カザフスタンなど国際色も豊かで、留学生と常に英語でコミュニケーションし、国内にいながら異文化交流ができたことも良い経験になりました。

世界で自分しか知らないこと

  1. 研究の楽しさや醍醐味は何でしょう。また大変なことはありますか。

西村瑠佳さん :研究は世界でまだ誰も知らないことを明らかにすることです。それがノーベル賞級の大発見でなくても、例えささいなことであっても、今これは自分しか知らない事実なんだと分かった時はとてもワクワクします。そのような新しい発見をすることは楽しいのですが、ある程度、自分の研究分野の知識を吸収し、事象などを俯瞰する必要があるため、それなりに大変なこともあります。毎日1本ほど関連の論文を読み、内容を140字以内にまとめて『』で発信するなど日々研鑽を積んでいます。

  1. 学会では「若手の会」なども運営されているそうですね。

西村瑠佳さん :そうなんです。現在、気づけば『生命情報科学若手の会』と『 遺伝学若手の会』、『ウイルス学若手ネットワーク』の三つを兼任しています(笑)。交流会などで研究室の運営方針を相談したり、『アカデミアか企業か』といった進路の悩みを共有したり、またこうしたつながりが共同研究に発展する例もあります。合宿形式のイベントなどでは、朝から晩まで研究の話題などで盛り上がります。運営は大変ですが、若手研究者だけで集まって交流できる研究会は私にとって欠かせない存在です。

メッセージ

  1. なるほど。大学院時代に多くの経験を積まれたのですね。
    最後に、西村さんのような研究者を目指す小中高生の皆さんに、ぜひメッセージをお願いします。

西村瑠佳さん :私は決して真面目な学生ではなかったですし、今もそんなに真面目ではありません(笑)。中高生の頃は、部活や習い事のバイオリンなどに打ち込んでいました。その後、大学のサークル活動がきっかけとなり、興味のあることに突き進んできた結果が今につながっています。いろんな道があると思うので、一つの道が正解だと思わず、自分のやりたいことに取り組み、その都度できる選択をしていけば良いと思います。偉そうなことは言えませんが。たくさんのことに注意を向けていると、いろんな情報が入ってくるものです。

用語解説

※1 メタゲノム解析
検体中に含まれる核酸(DNAやRNA)をシークエンサーによって網羅的に配列決定し、解析する手法。

※2 iGEM: The International Genetically Engineered Machine competition
マサチューセッツ工科大学(MIT)発祥の、毎年開催される合成生物学の国際大会。いわば生物版「ロボコン」で、独自の機能を持った生物学的デバイスをデザインし、競い合うもの。2023年の大会では、およそ50の国・地域から約400チーム(約4000人)が参加。


※3 せいめいのれきし
岩波書店 「せいめいのれきし」、1964年出版 バージニア・リー・バートン 文・絵 , いしいももこ 訳 , まなべまこと 監修


インタビュアー/記事執筆 藤木 信穂さん

シンメトリ株式会社 代表取締役 / 科学技術ライター


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