2023.11.08

【修了生特別インタビュー】天文科学専攻 修了生 崔玉竹(Cui Yuzhu)さん

崔 玉竹 博士 (Dr. Cui Yuzhu)
Zhejiang Lab 博士研究員
2021年 天文科学専攻 修了

「歳差運動するM87ジェットの噴出口 – 巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠」というプレスリリースは世界的に大きな注目を集めました。このニュースのベースとなった研究論文は、本学修了生の崔玉竹さんによる、総研大学位論文に基づくものです。今回、総研大で学びながら大きな仕事をされた崔玉竹さんに、研究のことや総研大生活について、インタビューしました。

プレスリリースの反響

  1. この度は、「歳差運動するM87ジェットの噴出口 – 巨大ブラックホールの「自転」を示す新たな証拠」のプレスリリース、おめでとうございます。世界的に大きな注目を集めましたが、崔さんはどのように受け止められていますか?

崔玉竹さん :このような大きな反響は想定外で、夢のようです。このプレスリリースには、約10か国の45機関、79名の共著者がかかわっています。共著者の方々のお力で、韓国、日本、中国、マレイシア、イタリアなど多くの国々で、このプレスリリースを目にすることができました。


長い旅路

  1. このプレスリリースに至るまで、非常に長い研究を行われてきたと思います。

崔玉竹さん :はい。プレスリリースにあるとおり、このプロジェクトは2017年にスタートしました。 今から6年前、ちょうど私が総研大に入学したころです。EAVN(East Asian VLBI Network東アジアVLBI観測網)による観測データから、M87(おとめ座銀河団の一つである楕円銀河)ブラックホールのジェットの方向が過去の研究と異なることを発見しました。この時点から、私たちの研究の旅が始まったのです。長い旅路です。

  1. 6年間ですか?

崔玉竹さん :ええ、6年間で、23年分のデータを分析しました。

  1. 研究で一番大変だったことは何ですか? 膨大なデータの分析など、とても大変だと思いますが。

崔玉竹さん :そうですね。でも、私はその過程が楽しかったです。というのも、私たちはなぜM87のジェットが歳差運動(首振り運動)するのかという、とても明確な問いを掲げていて、そのために必要なことは、データを蓄積し時間スケールを大きくして、より正確にその周期を得ることでした。最も大変だったのは、忍耐強くいることだったと思います。総研大で本間希樹先生と秦和弘先生に指導してもらえたのは幸運でした。このことは、とても大きなことでした。

総研大での私の記録をご覧いただければ分かりますが、私は博士課程3年のコースに入学しましたが、実際には4年半かけて修了しています。私は2017年10月に入学し、2021年12月に修了しました。これには、新型コロナウィルスのパンデミックや長期間におよぶデータ蓄積など、さまざまな理由があります。この間、私は何の発表もしていませんでした。そのことでとても落ち込み、博士課程をあきらめようとさえ思いました。そんな時、本間先生や秦先生が励まし、支えてくださったのです。私が博士課程を諦めたいと相談したとき、両先生は、「諦めてはいけない。そんなことをしたら、天文学会は、いや私たちは、星をひとつ失うことになる。」とおっしゃいました。

  1. それは大きな励ましですね。

崔玉竹さん :はい。とても大きな励ましでした。ご存じの通り秦先生は若くて、頭が良くて、とても親切で、本当に完璧ですよね。でも、そんな先生が、ご自分の失敗談をして私を励ましてくださったのです。先生は「君には僕が成功をおさめているように見えるかもしれないけど、僕もたくさん失敗や挫折をしてきたんだよ。」ともおっしゃいました。 ご自分の失敗や挫折の話をして、私を勇気づけてくだった秦先生には、感謝の言葉しかありません。

  1. 2019年に、M87銀河のブラックホールが撮影されました。崔さんの研究にも大きな影響があったと思います。当時は、崔さんもあのプロジェクトにかかわっていたのですか?。

崔玉竹さん :当時、本間先生や秦先生の勧めもあり、私は2017年からEHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)プロジェクトにかかわっていました。このことは、私がブラックホールの研究をする中でも、とても大きな出来事でした。

  1. 秦先生は、崔さんがジェットの研究だけでなく、日本と中国の電波望遠鏡のネットワーク構築にも尽力されたとおっしゃっています。この点について、崔さんはどのような役割をはたされたのでしょう?

崔玉竹さん :私は、M87のEAVNプロジェクトのPI(Principal Investigator、主任研究者)でした。その時のデータは、雑誌『ネイチャー』に掲載の論文に使われています。この時私は、秦先生の指導のもと、提案書の作成、観測データの入手、データ収集と処理、そして論文のドラフトを作成しました。 2017年に総研大に入学した当初の役割の一つは、日本と中国の架け橋になることでした。日本で研究する中国人の私は、この二国間の協力関係を構築するのに適していたと思います。結果として、中国の電波望遠鏡を参画させるなど、二国間の協力関係を築くことができました。私のPIとしての最初の論文は、主に、新しく参入した中国の電波望遠鏡のEVANにおけるパフォーマンス評価に関するものでした。このことが、中国の望遠鏡を含めたEVANの構築につながりました。


宇宙の果てを探究する

  1. 小さい頃から宇宙に興味があったのですか?

崔玉竹さん :はい、子供の頃、夜空の黒い広がりにとても興味がありました。星は輝いて見えますが、その背景は常に黒です。宇宙の端や黒い部分に何があるのか気になりました。しかし、当時は科学者になるべきかどうかはっきりしていませんでした。興味は、心の中の種に過ぎませんでした。天文学が自分にとって非常に興味深いものであることに気付いたのは、修士課程の時です。この研究を続けなければならない、と思いました。

  1. 修士課程の時に、研究者になろうと決めたのですか?

崔玉竹さん :はい、だいぶ遅い段階できめました。


総研大での研究生活

  1. 日本に来ようと思ったきっかけはなんですか?

崔玉竹さん :日本への留学は2016年に決めました。大学時代は日本のアニメがとても好きでした。2016年に修士号を取得して卒業し、海外留学を考えていた時、日本が第一志望でした。一番の理由は、私の日本への個人的な関心でした。2つ目の理由は、より専門的なもので、VLBI(Very Long Baseline Interferometry、超長基線電波干渉計)技術を考えたとき、日本は非常に良い選択でした。大変優秀な研究者の方々と、多くの実務経験を積むことができると思いました。3つ目の理由は、本間先生と秦先生です。両先生がすばらしい指導者であることを知っていたので、中国、海外含め他の大学には出願しませんでした。総研大は世界で唯一の選択肢でした。

  1. 総研大のことはご存知でしたか?

崔玉竹さん :秦先生に教わりました。出願前に、中国の国際会議で秦先生と本間先生に会う機会がありました。そこで、秦先生から、自分も総研大出身で、総研大は大変専門的ですばらしい大学で、研究分野も非常に広いと言われました。

  1. 総研大での経験はいかがでしたか?入学前に想像していたとおりでしたか?

崔玉竹さん :はい、とてもすばらしかったです。私の博士論文の表紙の裏には、 「日本での良い思い出に」 という一文が書かれています。私が総研大を選んだから、良い思い出ができたと思っています。総研大の研究生活はとても楽しかったです。

私の研究の拠点は、水沢観測所という、東京や他の近代都市から離れた場所でしたが、総研大が十分な資金援助をしてくれたことと、事務職員がとても親切で温かくサポートしてくれたことで、大変楽しくすごすことができました。研究以外のことは何も心配する必要がありませんでした。とても感謝しています。

  1. 崔さんの言葉は、今後、科学に興味を持ち科学者を目指す人たちにとって、大変興味深いものだと思います。あなたにとって理想的な科学者とは何か教えてください。

崔玉竹さん :秦さんと本間さん!

2019年4月のEHT記者発表にて。
写真中央が崔玉竹 氏(当時 国立天文台水沢VLBI観測所 / 総研大 博士後期課程2年生)。
写真左側は、秦和弘 助教、右側は、本間希樹 教授。

  1. 科学者としては、眠れない夜や研究室での激務など、大変なことが多かったと思います。どのように研究を諦めずにモチベーションを保ったのですか?

崔玉竹さん :私たちを勇気づける非常に強靭な精神と豊かな経験を持つ有名な科学者は、たくさんいます。ただ、私にとってのキーパーソンは本間先生と秦先生でした。彼らはノーベル賞受賞者のような有名な科学者ではありませんが、私にとっては重要な存在です。お二人は、私が研究に行き詰っているとき、別のことをするようすすめてくださいました。たとえば、秦先生は、私たちを温泉に連れて行ってくれたことがありました。またある時は、本間先生と秦先生が、私の趣味のバーベキューに連れて行ってくれたこともありました。お二人ともいつも優しく温かい励ましをくださいます。だから、私にとっては、他のどんな有名な科学者よりも、お二人が大切な存在なのです。

  1. 二人の先生が、崔さんの人生を変えたのですね。

崔玉竹さん :そのとおりです。初めて留年した時のことを覚えています。私は本間先生と秦先生に、「もう無理です、続けられません。」と言いました。「科学者になるより、別の進路に変えたいです。会社に就職します。」とまで言いました。でも本間先生は、あなたは絶対に科学者に向いている、と言ってくれました。


なぜブラックホールに魅了されるのか

  1. 現在取り組んでいるプロジェクトについてお聞かせください。

崔玉竹さん :私の主なプロジェクトは、発表された論文の研究を継続することです。なぜなら、その論文は始まりにすぎないからです。あの論文では可能性を示しただけで、まだ不明な点も多くあります。そのため、まだ詳細な物理的性質の研究を続ける必要があります。さらに、私は中国の500メートル望遠鏡に関するプロジェクトに関わっていますが、これは直径500メートルという驚異的なものです。この巨大望遠鏡はVLBIへの参加を目指しています。それにより、より多くの望遠鏡で、1つのターゲットを観測し、高解像度の画像を得ることができるようになります。これが私の2番目の仕事です。

  1. M 87の研究を続けるのですね?

崔玉竹さん :はい。

  1. なぜブラックホールはそれほど魅力的なのでしょう?

崔玉竹さん :ブラックホールは非常に強力で、多くのシステムのエネルギー源です。また、ブラックホールはアインシュタインの一般相対性理論を検証する最も簡単でコンパクトな構成要素です。単純だけど複雑、だから、とても面白いです。

  1. 新しいものを見つけたり、未知の世界を探索したりするのは刺激的ですよね。

崔玉竹さん :はい。

  1. 宇宙や未知の世界の探索によって、何を見つけようとしているのですか?

崔玉竹さん :私が興味を持っている分野の一つは、理論的な探求で、具体的にはワームホールのようなパラレル空間の概念です。ブラックホールに飛び込めば、平行する別の空間に入ることができるというような考え方があります。その空間では異なる選択肢があります。ブラックホールによって多くのものがつながっていて、でも実際にブラックホールの内部に何があるのかは、わかりません。ブラックホールの内部を観測することはできませんので。でもそれこそ、研究の先にあることなのかもしれません。

  1. 「インターステラー」という映画で、ブラックホールに飛び込んで、別の世界や別の時間につながる、というシーンがありました。

崔玉竹さん :そうですね。タイムマシーンのような。また、ブラックホールによって古い時代や未来の時代に戻る、といった映画もありますね。

  1. あれは現実を超えたものなのか、現実性が含まれているのか、どう感じますか?

崔玉竹さん :わかりません。私の感覚では、現実とはかけ離れていると思います。 でも将来このような研究結果が得られることを願っています。タイムマシンやパラレルワールド空間があったら、面白いですよね。


人生は原野で、どんな選択も可能

  1. 研究者を目指す人にメッセージをいただけますか?

崔玉竹さん :そうですね、やりつづけること、でしょうか。そして、自分を信じ、他人に判断されないこと。私には、自分を鼓舞するときに大事にしている中国の言葉があります。人生是旷野,而不是轨道。人生は原野で、レールの定まった道ではない、といった意味です。何かをするために、敷かれているレールに従う必要はありません。この原野には多くの選択肢があります。自分を幸せにする方向が、良い選択なのです。電車のように決まったルートを自分に強制する必要はありません。

  1. いい言葉ですね。

崔玉竹さん :悲しい時はいつも、今の自分の選択が最善だと思うことにしています。だから自分を信じてほしいです。

  1. 力強い言葉ですね。自分のやっていることに自信が持てなかったらどうしますか? 秦先生や本間先生のような人に支えてもらう必要があると思いますか?

崔玉竹さん :ほとんどの場合、私たちの周りにはこのような人はいません。なので、自信をつけるために自分を元気づける方法を見つける必要があります。 日本で研究するという決断は、自分が研究者になれるかどうか確認するための最後のチャンスというような感じでした。
博士課程後期で、私には発表するものがなく、もう研究をすることができない、もう諦めたほうがいいと思っていました。本間先生と秦先生は、私の失意の理由が、長いこと発表していないということやホームシックなどによることを理解し、自信を取り戻すべく働きかけ、研究を続けるよう励ましてくださいました。秦先生が「今諦めたら、次に困難に直面したとき、また諦めることを考えてしまうよ。」とおっしゃっていたことを覚えています。これまで経験したことによって、私は自分について理解することができました。つまり、私は周りにいるポジティブな人から多くのことを学んでいるのです。ネイチャー誌に論文を発表することや科学者になることなどは、それほど重要なことではないと思っています。それより、自分自身のことを理解したり、周囲の人に良くあることのほうが大事だと思っています。

  1. 今日はお時間をいただきありがとうございました。

崔玉竹さん :皆さんには感謝の気持ちしかありません。総研大はすごいところですね。 総研大から日本を学ぶ機会を与えていただき、本当に感謝しています。 また、総研大からの推薦のおかげで、文部科学省国費留学生として支援いただいたことにも感謝しています。


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