2023.10.10
2023年度秋季 入学式 学長式辞
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
2023年度秋季入学式 学長式辞
SOKENDAIに入学された皆さん,入学おめでとうございます。このたび本学に入学されたのは,5年一貫制博士課程8名,博士後期課程13名の皆さんです。本学の教職員を代表して,皆さんの入学を心から歓迎いたします。
この3年間は,新型コロナウイルス感染拡大の影響によって,特に海外から本学に入学された皆さんは留学ビザの取得が困難であったり,渡日後も厳しい行動制限があったりと,随分と大変な思いをされました。本年は,世界的にもPost-COVIDの生活様式が定着しつつある中で,コロナ禍前とほぼ同様の状況で皆さんを迎えることができました。この入学式の機会に皆さんと直接に顔を合わせ,これから新たな生活に挑戦される皆さんの期待と不安が入り混じった緊張感を肌で感じることができるのは,大変嬉しいことです。
さて,これから皆さんが大学院生活を過ごすことになるSOKENDAIについて,少しお話をしておきたいと思います。SOKENDAIは,日本の国立研究機関で次世代を担う博士人材を育成するために1988年に設立された大学院大学です。本学の構成員の多くは,この「大学院大学(Graduate University)」という名称に慣れてしまっていますが,世界中の高等教育機関を見廻しても,大学院課程(graduate programs)をもつ大学には学士課程(undergraduate programs)があるのが一般的です。ですので,大学院課程しかないSOKENDAIは大変に特殊な教育機関であると言えます。
さらに,国立研究機関が大学院教育の場になっていることも,SOKENDAIの大きな特色です。これらの研究機関は,SOKENDAIの組織の基盤を成す機関であることから,学内では「基盤機関」と呼ばれています。全国に20ある基盤機関は,大規模な実験施設や先端的な研究設備,膨大かつ貴重な研究資料を備え,第一線の研究者集団を擁しています。そして,文学から高エネルギー物理学に至る広範な学問分野で学術研究を牽引する中核拠点の役割を果たしています。SOKENDAIに入学された皆さんは,そのような研究機関で大学院生活を送ることになります。
その上で,皆さんにお話したいのは,SOKENDAIの教育課程に関することです。多くの大学では,例えば理学の専門領域で博士号を取得するにはGraduate School of Scienceで学び,文学の専門領域で博士号を取得するにはGraduate School of Humanitiesで学んで学位論文研究を行います。一方,SOKENDAIでは,「先端学術院(Graduate Institute for Advanced Studies)」と呼ぶひとつの教育組織の中で,文学・理学・工学・医学・情報学・統計学などの専門領域の学位を取得するようになっています。因みに,先端学術院では,自分がどの専門領域を専攻するかという所謂majorはcourseと呼ばれています。
そうお話すると,皆さんは,何故そのような教育課程になっているのか?と思われるでしょう。確かに,博士の学位を取得するためには,特定の専門領域の知識や方法論を身につけ,専門性の高い研究力を磨く必要があります。ただそれだけであれば,それぞれの専門領域ごとに個別に専門教育を行った方がずっと効率が良さそうに思われます。
SOKENDAIの教育課程に関する皆さんの疑問に答える前に,ここでちょっと皆さんに,学位を取得した後のことを想像してみて頂きたいのです。今日入学したばかりなのに,学位を取得した後のことを想像してくださいというのは,少し無理な注文かもしれませんが…。ですが,ひとつ言えるとすれば,大学院で身につけた知識や方法論(skills and knowledge)をそのままずっと使い続けて,その後の人生を送る人は殆どいないだろうということです。
それでは,大学院で教育を受け,学位を取得することの意味は何でしょうか。もう少し端的に言えば,皆さんは,何のために大学院に進学されたのでしょうか。恐らく,皆さんはそれぞれに異なる考えや目的を持っておられることでしょう。自然の謎や分かっていない事柄に好奇心を抱き,それを解明したい,少しでも理解を深めたいと思うのは人間の本性です。その本性に基づく知的活動によって,人間は個々自らだけでなく人類の智を鍛えてきました。そんな知的活動を現代の教育課程の枠組みの中で続けようとすれば,必然的に大学院に進学することになるでしょうし,その結果として学位を取得することになるでしょう。大学院で教育を受け,学位を取得することに意味があるのではなく,人間に本来備わっている知的欲求に真摯に向き合った当然の結果として自分は大学院にいるのだ,と考える人もいるでしょう。一方で,現代社会の様々な課題に立ち向かうためには,より専門性の高い知識や研究手法を身につけることが必要だと考えて大学院に進学した人もいるでしょう。もっと現実的に,将来のキャリアのためには学位があった方が有利だと考える人がいるかもしれません。
皆さんは,それぞれに考えや目的をもって大学院に進学されたと思いますが,皆さんを受け入れる大学の側にも,SOKENDAIで学んだことによって,皆さんにどのような人物になって欲しいかという思いがあります。勿論,大学院教育の第一の目的として,専門的な知識や研究手法を身につけてもらう必要があります。そして,学位を取得する際には,皆さんにあるレベルの「専門力」「独創性」「学際性」「国際力」「倫理性」が備わっていることを求めます。それらは,皆さんが学位を取得した後に,自立した研究者として活動していくために必要となる力量(competence)だからです。大学院課程では,そのような力量を身につける,あるいは強くすることが大切であることを十分に承知したうえで,それにも増して私が強調したいのはmindsetです。それでは,どのようなmindsetが求められるのでしょうか。
近年の学術研究では,測定や情報処理の技術が飛躍的に向上したことによって,より高度な事柄や複雑な事象を対象にした研究が可能になりました。それに加えて,データや知識をより開かれた形で利活用することによって,科学を効率的・加速度的に進展させる「オープンサイエンス」「データ駆動型科学」の潮流や最近の生成AIの急速な展開,さらにはデジタル技術やロボット技術を集約して科学的知見を得るための研究プロセスを驚異的に加速させるAutomated Research Workflow(ARW)の動きなどを目の当たりにすると,現場の研究者でさえ,10年先と言わず5年先の学術研究の姿を想像することが困難なほどです。今後,研究の進め方や研究者のあり方が大きく変容していくことは想像に難くありません。
皆さんは,そのような,科学や社会が新たな局面を迎えるかもしれない激動の時代に大学院に進学されました。皆さんがSOKENDAIに在学して博士論文研究に没頭している間には,今お話したような大きな変化が急に起こることはないかもしれません。しかし,皆さんが学位を取得してSOKENDAIを離れたその先には,必ず大きな変化の波が押し寄せることを確信します。皆さんがその波を泳ぎ切り,人類の知を鍛えること,社会的課題を解決することに貢献するためには,ある専門領域の知識と方法論を駆使して物事を解明する,課題を解決する力に加えて,発想を転換する力,ものの見方や意識を変える力が必ず必要になります。それは,慣れ親しんだ考え方や手法にしがみつかず,居心地のよい環境や日常の作法を変えてみる勇気とも言えます。それが,先程mindset が大事だと言った理由です。すこし乱暴に結論するならば,”What matters most is not the skills and knowledge you have but how you think.” ということでしょう。
さて,ここまで随分と寄り道をしましたが,SOKENDAIの教育課程に話を戻しましょう。SOKENDAIで,様々な専門領域で学位を取得するための20のcoursesが先端学術院というひとつの教育組織の下におかれている理由は,学生の皆さんが,自身が専攻する専門領域の知識と方法論を修得するだけでなく,その専門領域を越えて学習する,courseを越え環境を変えて研究を行うことをより容易にし,それを促進するためです。そのために研究科(Graduate School)や専攻(Department)の壁を取り払ったのです。ひとつの環境に留まって毎日同じ行動を繰り返していては,発想を転換する,ものの見方や意識を変える(change one’s mindset)ための切っ掛けや機会を得ることはなかなか難しいでしょう。SOKENDAIの教育課程は,皆さんが自身の専門性を磨くだけでなく,皆さんにhow you thinkを問いかけ,常にそれを意識して学習・研究に励んでもらうことを念頭に設計されたものです。どうぞ,その環境を存分に活用してください。
本日ここにおられる皆さんは,これまで自身が過ごしてきた環境を変え,新たな場所で新たな研究テーマに挑戦する気概をもってSOKENDAIに入学された方達です。本日はいろいろな事をお話しましたが,皆さんには,研究や学習においても,実生活においても,常に皆さんのhow you thinkが刺激され,その新しい考えに胸躍るようなSOKENDAIでの生活を送って欲しいと願っています。大学も,教職員一同も,そのために出来る限り皆さんの支援をしていく所存です。
改めて,本日はご入学おめでとうございます。
2023年10月10日
総合研究大学院大学
学長 永田 敬