2023.09.07

【プレスリリース】オタマジャクシも数がわかる? ―群れるとき、同種のサイズより数量を重視することを発見―

長谷 和子
総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター(客員研究員)
現在:東北大学大学院 生命科学研究科 生態発生適応科学専攻 統合生態研究室・助教(研究特任)

【研究概要】

 動物は群れを作るとき、仲間の数を認識できているのでしょうか。カエル類の幼生(オタマジャクシ)には群れを形成する種が多く知られています。オタマジャクシは群れる際、仲間のサイズと血縁関係を識別していることはわかっていますが、仲間の数を認識しているのかどうかは分かっていません。本研究では、サイズの異なるオタマジャクシを用いて、仲間の「数の多い方」を好むのか、或いは「サイズの近い方」を好むのかについて調べました。その結果、発達段階初期のミヤコヒキガエルのオタマジャクシでは、相手のサイズよりも数の方が重要であることがわかりました。この結果は、カエル類も数量を認識できる可能性があることを示しています。本研究は、群れの形成における数量の重要性を報告するのみならず、動物の数量認識における新知見を提供しました。

【研究の背景】

 群れを作る動物は多くいます。両生類の幼生(オタマジャクシ)は、捕食者から逃れるために群れを作ることが知られています。この傾向は、発達段階初期の小さな個体で特に顕著で、ヒキガエル類(Bufo)の黒いオタマジャクシが水面で凝集している姿を観察されたことのある方もいらっしゃるでしょう。日本の本州に分布するヒキガエルは、早春の短い期間に繁殖を行うことが多く、同時に産みつけられた卵から孵った幼生の発達段階は同調するため、サイズの近い個体同士が集まって群れを作り、変態完了まで集団で生活します。

 他方、沖縄県に生息するミヤコヒキガエルは、繁殖期が9月〜3月と長く続くため、池の中には卵塊から多様な 発達段階のオタマジャクシが混在することになります(図1)。

 オタマジャクシの群れについての先行研究では、彼らが血縁とサイズを認識できることは分かっていました(e.g., Hase & Kutsukake 2019)。しかし、仲間の数(量)を識別しているのかどうかは分かっていません。そもそも、カエル類が数量を認識できるかどうか、調べられたことがありません。

 言語を持たないヒト以外の動物は、「1、2、3、、」と数を数えたり、高度な数学的思考を行うことはありません。しかし、二つの対象を比較して数量の大小を判断するなどの数量認識は、昆虫、哺乳類、鳥類、霊長類など、多様な分類群で報告があり、何らかの適応的意義があると考えられます。もし、オタマジャクシも数量をある程度認識できるなら、群れの形成と関係していると考えられます。本研究では、群れる習性のあるオタマジャクシが数量を認識できるのかどうか、幼生のサイズにバラつきのあるミヤコヒキガエルを用いて検証を試みました。

 オタマジャクシは群れるとき、同種の「数量の大小(仲間の数の多い少ない)」と「サイズの大小(体の大きさが自分に近い遠い)」のどちらを重視しているのか(または両方重要なのか)、行動実験を行って調べました。

【研究の内容】

 2022年11月および12月に南大東島に人為移入されたミヤコヒキガエル(Bufo gargarizans miyakonis)の繁殖調査にて、2箇所のため池から様々な発達段階のオタマジャクシを80個体集め、小中大の3つのグループに分類しました[小(S): 体長平均15.5±SD1.7mm、中(M): 体長平均28.6±2.7mm、大: 体長平均36.5±1.5mm]。この3グループを用いて、オタマジャクシがどのようなルールで群れているのか、「数量」か「サイズ」のどちらが重要なのかについて、2つのタイプの選択テストを行いました(図2)。

 一つ目のテストは、オタマジャクシが「数量」を識別しているのかを調べることを目的にデザインされた「4 vs1テスト」です。多い方を好むなら、4個体いる側により長く滞在すると予測されます。この4 vs 1テストでは、刺激個体は2つのサイズ(SサイズとMサイズ)を用いました。これは、嗅覚による識別か否かを判断するためです。先行研究において、オタマジャクシは嗅覚(匂い)を頼りに群れる相手を識別することが報告されています。

 このことから、もし今回のテストで4個体いる側への選好性が観察されても、SサイズよりMサイズへの滞在時間が長い場合、数量を識別したのではなく嗅覚に頼っただけである可能性が排除できなくなります(体の大きい個体の方が同じ4個体でも匂いが強いと考えられるため)。次に、「サイズ」への選好性を調べるため、「S vs Mテスト」を行いました。多様なサイズの同種個体と混在するオタマジャクシでは、種内競争の緩和するため、サイズの近い相手と群れる、或いはサイズの大きい相手を避ける、といった行動も知られています(Hase & Kutsukake 2019)。

 ミヤコヒキガエルのオタマジャクシも「サイズ」を重視しているのかを調べるために、「S vs Mテスト」を行いました。どちらのテストも、水槽の中央に入れた試験個体を80分間ビデオ撮影し、トラッキングソフトにより個体の位置情報を取得し、それぞれの刺激個体側(図2斜線部)の滞在時間を算出しました。

 「4 vs 1テスト」の結果、発達段階初期の小グループのオタマジャクシは数の多い方(4個体)への選好性を示しました(図3)。4個体いる側での滞在時間は、SサイズとMサイズのテスト間で差がありませんでした。そして「S vs Mテスト」では、小中グループともに有意差がありませんでした(図4)。つまり、オタマジャクシはサイズ識別をしていない(サイズへの選好性がない)ことになります。匂いを頼りに選んでいたとしても、サイズへの選好性が出ていたはずです。

 これらの結果から、ミヤコヒキガエルは数量を認識できると推察されます。カエル類での数量認識の報告は未だなく、本研究が世界で初めての報告となります。そしてこの数量への選好性は、発達段階初期の小さな個体(小グループ)にのみ観察されたことから、群れ行動との関連が高いと考えられます。捕食リスクが高く群れる傾向の強い小さな個体にとって、同種のサイズ以上に数量が重要なのでしょう。

図1. ミヤコヒキガエル(Bufo gargarizans miyakonis)の幼生が群れていることころ
(2022年11月、南大東島にて著者による撮影)

図2. 4 vs 1テストとS vs Mテストの概略図。ポリプロピレン製水槽(サイズ:260×90mm、深さ45mm、刺激域:45×90mm、深さ45mm)を実験場(アリーナ)とした。水槽には18℃に保たれた0.6Lの水道水を入れ、テストのたびに入れ替えた。破線はポリエチレンネットで試験個体と刺激個体の境界線。網掛け部分はアリーナの1/4で、有効な「刺激側」の面積を示し、それぞれの「刺激側」に試験個体が滞在した時間(秒)をカウントした。

図3. 4 vs 1テストの結果。縦軸の滞在時間(秒)は、プラス側(上側、ピンク色)が4個体(N = 4)側の滞在時間で、マイナス側(下側、薄いピンク色)が1個体(N = 1)側での滞在時間を示す。エラーバーは標準偏差。左側から順に小、中、大サイズの幼生(試験個体)のテスト結果を示す。それぞれの幼生に対し、刺激個体はS とMサイズの両方を試験した。試行回数は左側からそれぞれ小サイズ:21試行と11試行、中サイズ:14試行と16試行、大サイズ:7試行と11試行。本テストでは、小サイズの幼生のみ選好性に統計的有意差が得られた(*, p < 0.05; NS, 有意差なし、対応のあるt検定)

図4. S vs Mテストの結果。縦軸の滞在時間(秒)は、プラス側(上側、濃い橙色)がMサイズの刺激個体側の滞在時間でマイナス側(下側、薄い橙色)がSサイズの刺激個体側での滞在時間を示す。エラーバーは標準偏差。左側のバーが小サイズの幼生(試験個体)のテスト結果(11回試行)で、右側のバーが中サイズの幼生(試験個体)の結果(8回試行)。小中サイズの幼生とも統計的有意差は得られなかった(NS, 有意差なし、対応のあるt検定)

【今後の展望】

 動物界において数量はどこまで重要なのでしょうか。また、カエルは「数える」ことができるのでしょうか。数量認識の研究は、これまで主に霊長類を対象にした心理学の領域で行われてきました。行動生態学的な状況での研究は進んでおらず、その適応的意義もわかっていません。群れを作る野生動物は数量をどこまで認識し、運用しているのでしょうか。本テーマの研究はまだ始まったばかりです。さらなる知見を重ね、動物の認識世界に迫っていきたいと思います。

【著者】

    • 長谷 和子
      研究当時 :    総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター(客員研究員)
      現在        :    東北大学大学院 生命科学研究科 生態発生適応科学専攻 統合生態研究室・助教(研究特任)

【論文情報】

  • Hase K. (in press) Grouping rule in tadpole: is quantity more or size assortment more important?
  • 掲載誌: Animal Cognition
  • DOI
  • https://link.springer.com/article/10.1007/s10071-023-01823-9
  • 【参考論文】

    • Hase K, Kutsukake N. (2019) Developmental effects on behavioural response for social preferences in frog tadpoles, Rana ornativentris. Animal Behaviour.
    • DOI: 10.1016/j.anbehav.2019.06.001

    【問い合せ先】

    • 研究内容に関すること
      長谷 和子 総合研究大学院大学・統合進化科学研究センター(客員研究員)
      現在:東北大学大学院 生命科学研究科 生態発生適応科学専攻 統合生態研究室・助教(研究特任)
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    • 報道担当
      総合研究大学院大学総合企画課 広報社会連携係
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