2022.10.04

2022年度秋季入学式・学長式辞

2022年度秋季入学式がオンラインで行われました。
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

2022年度秋季入学式 学長式辞

今日、総合研究大学院大学にご入学の皆様、ご入学、おめでとうございます。秋入学は留学生の方々が多いのですが、みなさん、無事に入国でき、これから研究を始められるようになったことを、本当に嬉しく思います。本来ならば、みなさんが葉山の本部に一堂に会し、同期入学の他の専攻の方々と知りあい、そのあとに続くフレッシュマン・コースで、先輩たちも含めて、みなで研究に関するさまざまな事柄を議論するはずでした。しかし、いまだに続くCovid-19のパンデミックのため、今年もまた、入学式とフレッシュマン・コースがオンラインとなりましたこと、大変残念に思います。私は、人間というものは、実際に対面で話しあい、ともに同じ場所で同じ時間を過ごすことによって互いの理解を深めるものであり、オンラインは、その貧弱な補助でしかないと思っています。

ただし、貧弱な補助でしかないとしても、補助ではあります。また、みなさんは、私の世代よりもずっと、ITの技術を駆使することに慣れておられるのでしょうから、こんな状況でも、互いに知りあって、のちのちまで続く関係を築いていってくださるだろうと願っています。

さて、本学は、学部を持たない大学院だけの大学です。さらに、全専攻が一つのキャンパスにあるのではなく、日本全国に散らばるいくつもの国立の研究所に置かれています。各専攻の入学定員は3から5名と少なく、研究所には先生方がそれよりもずっとたくさんいます。そんなところに放り込まれたみなさんは、いろいろとめんどうをみてもらえる院生と言うよりは、始めから、次世代を担う若手研究者と見られることでしょう。研究所は、全国のその分野の研究者のための共同利用機関であり、それぞれ、世界でもトップクラスの研究を行っています。研究所の雰囲気は、普通の大学に付随する大学院とはまったく異なり、そこでの研究生活も、まったく異なるものなのではないかと思います。

みなさんはこれから、そんな中で、新たな研究生活を始めることになるのですが、そこにはさまざまな苦労があります。博士の学位を取得するための研究を行うことには、それ自体、さまざまな苦労があるものですが、それに加えて、本学固有の苦労もあります。それは、各専攻における学生数が少ないために学生コミュニティが作りにくいこと、普通の大学には当然あるような、学生の福利厚生の施設などがないこと、先生方はトップクラスの研究者である一方、どの先生も教育にたけているとは限らないこと、などでしょうか。それでも、本学を選び、本学に進学して博士論文研究をしようと決意したみなさんは、これらの困難を乗り越えて研究に励んでいける人たちだと信じています。

それでも、何か困ったことがあれば、必ずやどこかに相談してください。各専攻も、そのような相談窓口を持っていますが、総研大本部にもあります。英語で対応できるところもあります。困っていること、悩んでいることを、自分だけでかかえているのはよくないことで、それがこうじて本当に鬱状態になってしまうと、そこから抜け出すのは大変困難です。今は、みなさんは希望に満ちていて、そんな風に自分が悩むことがあるなどとは想像つかないかもしれません。でも、地震などの災害に備えるのと同様に、自分自身の状態の危機管理も、心の片隅に置いておいてください。

みなさんは、これからどんな研究をされるのでしょう? もうテーマがはっきりと決まっている人もいれば、漠然とした目標があるだけで、詳細はこれから決めるという人もいるでしょう。どちらにせよ、みなさんは、これから未知の海に漕ぎ出します。博士論文研究というのは、何らかの事実を発見するにせよ、新たな視点を提供するにせよ、これまでに誰も考えなかったことを明らかにする作業です。本当にわくわくしますね。

でも、どうすれば、これまでに誰も考えなかったことを考えることができるのでしょうか? みなさんには、実際にそのような未知の分野の研究を行っていくのと同時に、そんなことができるとはどういうことなのか、研究という作業をもう一つ上の視点からも見て欲しいと思います。

自分の行っていることを一つ上の視点から見ること、メタな思考ができることは、とても大切なことです。でも、今はまだ、そんな余裕はないかもしれませんね。私自身、博士課程に進んで博士論文の研究を始めたとき、そんなメタ思考などはできませんでした。

私は、ヒトという動物がどのようにして進化し、今のような存在になったのかを探る、自然人類学の出身です。学部のころから、そんなところに進学し、教育を受けてきました。しかし、当時の私は、ヒトそのものに対する興味はそれほどなくて、何がやりたかったかと言えば、前人未到の奥地に探検に行きたいという一心でした。1980年のことですから、もう前人未到の地などという場所はなく、地球上のすべての場所が探検されてしまったあとでした。

人類はアフリカで誕生しましたし、人類に一番近い現生の生物であるチンパンジーが住んでいるのがアフリカです。そこで、東アフリカのタンガニーカ湖のほとりに住んでいる野生チンパンジーの行動と生態の研究を博士論文のテーマとしました。電気なし、ガスなし、水道なし、現地式の小屋に住んで、人を雇ったことなどまったくなかったのに、現地の人々数十人を雇っての研究生活でした。それはそれは大変な苦労をしましたが、探検の醍醐味は十分に味わいました。今の私があるのは、あのときの経験のおかげだと感謝しています。文化が違えば、人々の考えがどれほど違うのかを痛感しましたし、逆に、文化がどれほど違っていても、人間はみな同じだなと思ったことも多々ありました。

みなさんは、これからいろいろな分野で研究を始めますが、留学生のみなさんは、なぜ日本を選ばれたのでしょう? 理由はさまざまでしょうが、留学生のみなさんには、自分の研究分野が何であれ、研究を遂行する間に、日本という文化、日本という社会について、何らかの知見を学んでいただきたいと思います。日本人の学生も、留学生との交流を通じて、日本とはなんなのかについて考えていただきたいと思います。そして、また別の国に行き、海外での研究の経験を通じて、人間とその文化に関する洞察を深めていただきたいと思います。総研大は、そのような機会を豊富に提供しています。

さて、本学は、現在は6つの研究科に20の専攻が置かれるという作りになっています。今年はまだそうなのですが、来年度からは、これが1研究科1専攻20コースという設計に改組されます。今でも、異なる分野の研究を学んで自分の研究に取り込むことや、異なる研究科の先生の指導を受けることは可能です。それでも、この先、研究科の壁を取り払うことで、ますます思考の流動性を高めたいと思っています。それによって、新しい問題を発見し、新しい方法でそれに取り組む人材を、これまでよりも多く輩出することができればと望んでいます。みなさんは、その改組の直前に入学することになるのですが、この改組の精神を先取りし、研究科や専攻の枠に捕らわれず、自由な発想で新たな分野を切り開いていただければと思います。

みなさんには、まずは是非、自分はこの部分では誰にも負けないという得意分野を身につけていただきたいと思います。この問題に関しては、少なくとも今は、自分が一番よく知っているというプロの意識です。一つの道を極めるというのは、自分自身の機軸を持つという意味で大事なことです。その上で、自分の専門分野ではない他の分野の研究から自分は何を学べるのか、つねにまわりを見ているという視点も身につけていただきたいと思います。学問は、その性質上、つねに細分化する方向に動いていきますが、探求する現象そのものには、そんな境界は存在しないのです。自然界の、世界の、さまざまな現象は、多かれ少なかれ互いに関連していますし、ものの見方は決して一つでありません。みなさんがこれから総研大で過ごす数年のうちに、そのようなスペシャリストとジェネラリストの両面を習得していただければと願っています。

コロナの状況は、もうそろそろ収束するのでしょうか。ヨーロッパでは、もうほとんどの生活上の制限が撤廃されました。日本は、もう少し慎重なので、まだ不自由な生活が続くかもしれません。それでも、これからのみなさんの研究生活が、人生の素晴らしい一コマとなることを願ってやみません。私たちは、出来る限りその支援をしていきたいと思っています。改めまして、本日は、ご入学、本当におめでとうございます。

2022年10月4日

総合研究大学院大学 学長
長谷川眞理子

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