2022.06.04
【プレスリリース】細胞が成長する過程におけるDNAの「ゆらぎ」をとらえた!
細胞が成長する過程におけるDNAの「ゆらぎ」をとらえた!
―DNAのゆらぎは細胞成長にかかわらず一定だったー
概要
私たちの体は約40兆個の細胞から成っています。この約40兆個の細胞は、細胞周期間期(1)であるG1期、S期、G2期および分裂期のサイクルを数十回繰り返すことで(図1上段)、たった1個の細胞である受精卵から増えたものです。それぞれの細胞の核には生命の設計図であるゲノムDNAが収納されています。近年、細胞核内のゲノムDNAはダイナミックにゆらいでいる(DNAのゆらぎ(2))ことが明らかになりました(図1上段、図3B)。間期には、ゲノムDNAが収納された細胞核は二倍以上に成長し、DNAも複製されて倍化します。しかしながら、この細胞核の成長、DNAの倍化とゲノムDNAの「ゆらぎ」の関係はほとんど分かっていませんでした。
情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所の飯田史織 総合研究大学院大学大学院生、 前島一博教授らのグループは、理化学研究所の新海創也研究員、大浪修一チームリーダーと共同で、光学顕微鏡の分解能を超える超解像蛍光顕微鏡(3)を駆使して、ヒト細胞が成長する過程のDNAのゆらぎを生きた細胞内で観察することに成功しました(図1、図3B、動画1)。これまで、細胞が成長する際の細胞核の成長やDNAの倍化は、DNAのゆらぎなどのふるまいに大きく影響すると考えられてきましたが、本研究によって、DNAのゆらぎは、細胞が成長する際の各過程に影響されることなく一定を保ち続けることが示されました(図1、図3D、動画2)。DNAのゆらぎは、ゲノム情報の読み出しやすさに直結します。DNAのゆらぎが一定であったことから、細胞はDNAに書かれた遺伝情報を常に同じ状況で読み出し、必要な仕事を同じように実行できると考えられます。
一方、ゲノムDNAが損傷すると、DNAのゆらぎは一過的に上昇し、DNAの損傷修復がしやすくなることも明らかになりました(図1下段)。DNAの修復の不全は細胞死や細胞のガン化につながり、関連したヒト遺伝疾患も知られています。本研究の成果によって、このようなDNA修復不全による細胞の異常についての理解が進むことが期待されます。
成果掲載誌
本研究成果は、米国科学雑誌「Science Advances」に2022年6月4日(日本時間)に掲載されます。
- 論文タイトル: Single-nucleosome imaging reveals steady-state motion of interphase chromatin in living human cells
(一分子ヌクレオソームイメージングにより生きたヒト細胞における間期クロマチンの定常的な動きが明らかになった) - 著者: S. Iida, S. Shinkai, Y. Itoh, S. Tamura, M. T. Kanemaki, S. Onami, K. Maeshima
(飯田史織、新海創也、伊藤優志、田村佐知子、鐘巻将人、大浪修一、前島一博) - DOI: 10.1126/sciadv.abn5626
研究の詳細
【研究の背景】
約40兆個の細胞から構成された私たちの体は、もともと1個の細胞(受精卵)が、細胞周期と呼ばれる細胞の成長と分裂の過程を数十回繰り返すことで作られます(図1上段、図3A)。それぞれの細胞の核には、生命の設計図とも称される全長約2メートルのゲノムDNAが収納されています。このゲノムDNAは直径2ナノメートル(4)の細い糸状の物質で、「ヒストン」という樽状のタンパク質に巻かれることで直径約11ナノメートルの「ヌクレオソーム」を形成しています(図2上段)。ヌクレオソームには様々なタンパク質が結合しており、これらを合わせて「クロマチン」と呼びます。長い間、ヌクレオソームはらせん状に規則正しく折りたたまれ(クロマチン線維)、さらに巻かれて階層構造を作ると信じられてきました(図2中段左)。国立遺伝学研究所・前島教授らは、実際にはこのような規則正しい階層構造は存在せず、ヌクレオソームは核内に不規則かつダイナミックに収納されていることを2008年より提唱してきました(図2中段右)。それ以降、生きた細胞におけるヌクレオソームのふるまいについての理解が求められてきました。しかしながら、ヌクレオソームの動きは非常に小さいため、従来の光学顕微鏡を用いて観察することは困難でした。
【本研究の成果】
本研究では、1個1個のヌクレオソームを観察可能な超解像蛍光顕微鏡を駆使して、生きたままのヒト細胞の細胞周期の各段階(図3A)におけるヌクレオソームの微小な動き、すなわちDNAの「ゆらぎ」を観察することを実現しました(図3B、C)。具体的には、細胞1個には約3000万個のヌクレオソームがあり、このヌクレオソームをまばらに蛍光標識することで、個々のヌクレオソームの動きを正確に観察することが可能になります(図3B、C)。この手法により、ヌクレオソームを形成するDNAが核内でダイナミックにゆらぐ様子を明らかにしました(動画1)。このDNAのゆらぎは、DNAの熱ゆらぎを動力とした計算機シミュレーションによっても再現され、DNAは核内でコンパクトに折りたたまれ、不規則に揺れていることが示されました。
次に、細胞周期間期のG1期とG2期におけるDNAのゆらぎの違いの有無を調べました。間期では、細胞分裂の準備として核の大きさが二倍以上になり、DNAの量も二倍になるため、核内の環境は大きく変化していると考えられます。これまで、このような核内の環境の変化は、DNAのゆらぎに大きな影響を与えるとされていました。ところが、本研究によって、DNAのゆらぎの程度は、核の大きさやDNAの量の変化に影響されることなく、ほぼ一定であることが分かりました(図1、図3D、動画2)。さらに、DNAの量を変えずに、核だけを大きくしても、DNAのゆらぎは変化しませんでした。DNAに書き込まれた遺伝情報の読み出しにあたってはタンパク質など様々な分子がDNAに近づいて結合することが必要です。DNAのゆらぎの程度はそれらの様々な分子のDNAへの近づきやすさと直接関連します。したがって、間期のあいだ、DNAのゆらぎの程度が一定に保たれることで、細胞は、DNAに書かれた遺伝情報を、常に同じ環境で読み出し、RNA転写(5)やDNA複製(6)など、必要な仕事を同じように実行できると考えられます。
一方で、DNAは紫外線など様々な要因により損傷を受けることがあり、細胞には損傷したDNAを修復する機能があります。本研究では、DNAが損傷を受けると、細胞はDNAのゆらぎを一過的に上昇させることも示しました(図1下段)。これによって、DNAの損傷修復に関わるタンパク質がDNAに近づきやすくすることでその修復を促進していると考えられます。
【今後の期待】
本研究により、細胞核内のDNAのゆらぎは核内の環境の変化に影響されず一定を保つことが明らかになりました。そのことより、細胞はRNA転写やDNA複製などを同じ環境で実行できると考えられます。一方で、ゲノムDNAが損傷すると、DNAのゆらぎは一過的に上昇し、DNAの損傷修復が促進されることも明らかになりました。DNA損傷は、細胞死や細胞のガン化にもつながるため、DNAのゆらぎの変化から、このような細胞の異常や、関連したヒト遺伝疾患への理解が進むことが期待されます。
動画1: https://youtu.be/y0zrlKEYJq8
超解像蛍光顕微鏡により観察された生きた細胞の核内におけるヌクレオソームのゆらぎの動画。1個1個のドットが1個1個のヌクレオソームを示す。 1コマ50ミリ秒。
動画2: https://youtu.be/k3IY89kh99E
G1期(左)、G2期(右)のヌクレオソームのゆらぎの動画。G2期の核(ドットが見える範囲)はG1期の核に比べて大きいが、ヌクレオソームのゆらぎにはあまり違いはない。 1コマ50ミリ秒。
用語解説
(1) 間期
細胞周期における細胞分裂の準備の期間を「間期」という。間期は、G1期、S期、G2期の3つの段階に分けられる。G2期には、DNAの量や核の大きさがG1期の二倍になる。
(2) DNAのゆらぎ
生きている細胞内で観察される、DNAの微小な動きのこと。
(3) 超解像蛍光顕微鏡
通常の光(可視光)を用いて顕微鏡観察する場合は、200ナノメートル程度の大きさのモノを解像するのが限界(光の回折限界)である。しかし、超解像蛍光顕微鏡はこの限界を超えて(超解像)、より小さな構造まで観察することができる。本研究では、1つ1つが区別できるほどまばらにヌクレオソームを標識し、その輝点の中心を正確に決定することで超解像を達成する方法を用いている。
(4) ナノメートル
1メートルの10の9乗分の1(10-9)。
(5) RNA転写
遺伝情報が読み出されるための最初の過程。ゲノムDNAの塩基配列(主に遺伝子)をRNAに書き写すこと。
(6) DNA複製
細胞分裂の前に、遺伝情報を2つの娘細胞に引き継ぐために、細胞が持っている1セットのゲノムDNAをコピーして二倍に増やすこと。
(7) 平均二乗変位
ある時間の間に粒子が移動した距離の二乗を平均した量。この量は、粒子が動く程度を表現するのに使われる。
研究体制と支援
本研究成果は、国立遺伝学研究所・ゲノムダイナミクス研究室・飯田史織 総研大大学院生(SOKENDAI特別研究員)、伊藤優志 学振特別研究員PD (現 東北大学 助教)、田村佐知子テクニカルスタッフ、前島一博 教授、理化学研究所・生命機能科学研究センター・新海創也 研究員、大浪修一 チームリーダー、国立遺伝学研究所・分子細胞工学研究室・鐘巻将人 教授との共同研究成果です。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR15G2)、JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)、日本学術振興会(JSPS) 科研費(20H05550、21H05763、19K23735、 20J00572、18H05412、19H05273、20H05936)、武田科学振興財団、上原記念生命科学財団の支援を受けました。
問い合わせ先
研究に関すること
- 国立遺伝学研究所 ゲノムダイナミクス研究室
教授 前島 一博(まえしま かずひろ)
報道担当
- 国立遺伝学研究所 リサーチ・アドミニストレーター室 広報チーム
- 理化学研究所 広報室 報道担当
- 科学技術振興機構 広報課
- 総合研究大学院大学 総合企画課広報社会連携係
JST事業に関すること
- 科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
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