2022.03.07

【プレスリリース】仲良ししか触れない:野生ニホンザルにおいて他個体のアカンボウに接触する行動の機能を解明

仲良ししか触れない:野生ニホンザルにおいて他個体のアカンボウに接触する行動の機能を解明

関澤麻伊沙 1 , 沓掛展之 1
1 総合研究大学院大学

【研究概要】

生まれたばかりの弟や妹に対して、きょうだいが何かと世話を焼こうとしたり、電車の中で泣いた赤ちゃんをそばにいる人があやしたりする、そんな光景を見たことがある人は多いでしょう。生まれたばかりのアカンボウに対して母親以外の個体が接触する行動は、ヒト以外の霊長類でも広く見られます。では、誰が、なんのために他人のアカンボウに接触するのでしょうか。

私たちは、野生霊長類において、母親以外の個体がアカンボウに接触する行動の機能を明らかにしました。宮城県金華山に生息する野生ニホンザルを対象に3年間調査を行った結果、アカンボウにより多く接触する個体は、普段から母親と仲が良く、アカンボウを生んだことがないメス、もしくはアカンボウと血縁関係にあるメスであることがわかりました。これらのことから、接触には、将来母親になったときに備えて子育ての練習をしている、もしくは血縁のある個体の生存率を高めて自身の適応度を上げている可能性が示唆されました。また、これらのメスがアカンボウに接触するためには、母親との社会関係が重要であることが世界で初めて明らかになりました。

【研究の背景】

霊長類の多くの種では、母親以外の個体がアカンボウに接触する行動が見られます。この行動はinfant handling、アカンボウに接触する個体はハンドラーと呼ばれます(図1)。Infant handlingは多くの場合、短時間の抱擁や運搬、毛づくろいなどで、アカンボウやハンドラーに大きな負担のかかる行動ではありません。ハンドラーはときにアカンボウを長時間拘束したり、連れ去ったり、強く引っ張ったりと、アカンボウに悪影響を及ぼしてしまうこともあります。また、ハンドラーはアカンボウの母親から攻撃される恐れもあります。では、どのような個体がアカンボウに接触することできるのでしょうか。また、ハンドラーや母親、アカンボウにとって、infant handlingにはどんな意義があるのでしょうか。

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図1 野生ニホンザルのinfant handling。まだアカンボウを生んだことのない姉が、生後二ヵ月になる弟を抱いている。

Infant handlingはこれまでに多くの種で研究されてきましたが、飼育下の群れや、餌付けされている群れでの研究が多く、野生群での研究は少数でした。そこで私たちは、野生ニホンザルを対象に行動観察を行い、(1)子育て練習仮説:ハンドラーはinfant handlingによって子育ての練習をしている、(2)血縁選択仮説:血縁のあるアカンボウの世話をしてその生存率を高めることで、自分および母親の適応度を上昇させる、(3)メス間の繁殖競争仮説:他個体のアカンボウを乱暴に扱って弱らせることで、自分のアカンボウが有利に生き残れるようにする、という3つの機能仮説を検証しました。(1)では、ハンドラーはアカンボウを生んだことないメス(未経産メス)であると予測されます。(2)では、ハンドラーはアカンボウの血縁個体(アカンボウの姉や祖母、叔母)で、アカンボウを丁寧に扱うと予測されます。(3)では、ハンドラーはアカンボウのいるメス(経産メス)で、アカンボウとは血縁関係がなく、アカンボウを乱暴に扱うと予測されます。

【研究の内容】

宮城県金華山に生息する野生ニホンザル群を、3年に渡り観察しました。観察期間中に生まれたアカンボウとその母親24組を対象に、誕生から12週齢までの期間で約1000時間の行動観察を行いました。行動観察では、アカンボウに対するinfant handling(ハンドラーは誰か、どのようにアカンボウを扱ったか)を3613例、記録しました。また、普段から母親により近づいている個体がより多くのinfant handlingを行う可能性を検討するために、母親の1m以内に出入りした近接個体も記録し、それぞれの観察時間において、母親とハンドラーが1m以内にいた時間の割合(近接率)を算出しました。

分析の結果、infant handlingはおもにメスによって行われ、オスによるinfant handlingは稀であることが分かりました。メスによるinfant handlingのデータのみを一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて分析した結果、近接率が高い未経産個体と血縁個体が、とくに高頻度でinfant handlingを行っていました(図2)。このことは、アカンボウの母親と普段から疎遠であるメスは、未経産・血縁メスであっても、infant handlingをしていないことを示しています。さらに、全ハンドラーによるinfant handlingをみると、血縁個体は非血縁個体よりもより丁寧にアカンボウを扱っていました。経産メスのハンドラーによるinfant handlingの分析では、アカンボウは非血縁個体よりも血縁個体からより高頻度でinfant handlingを受け、乱暴な扱われ方の割合には、ハンドラーの血縁の有無で統計的に有意な差はありませんでした(図3)。経産メスによるinfant handling自体が少なく、統計的な有意差が出にくかったのかもしれません。

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図2 (a)出産経験、(b)血縁関係による近接率の違いとinfant handlingの頻度との関係性。各点は観察時間におけるinfant handlingの頻度を表す。近接率が高いほど、infant handlingの頻度も高くなり、未経産、血縁関係のあるメスによってより多く行われた。図中の直線はGLMMによって得られたものではなく、infant handlingの頻度と近接率の回帰直線である。
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図3 血縁個体と非血縁個体によるアカンボウの扱い方の割合。(a)全ハンドラーによるinfant handling (n = 1290)、(b)経産メスによるinfant handling (n = 210)。丁寧な扱いには抱擁、運搬、毛づくろい、中立な扱いには単にアカンボウに触れる、乱暴な扱いにはアカンボウの身体の一部を掴む、引っ張る、威嚇、攻撃する行動が含まれる。SEはStandard Errorを、*は統計的有意差(p

これらの結果は、(1)子育て練習仮説と(2)血縁選択仮説の予測を支持しました。Infant handlingはハンドラーの将来の適応度だけでなく、現在のアカンボウの適応度も上昇させる可能性があります。そのため、ハンドラーだけでなく、母親やアカンボウにとっても利益のある行動であると考えられます。また、普段から母親とよく近接している個体がより多くアカンボウに接触していたことから、アカンボウに触るためには、日ごろの母親との付き合いが大切であることが分かりました。本研究は、ハンドラーの属性、および母親・アカンボウ・ハンドラーの社会関係を包括的に分析した世界で初めての試みとなります。

【今後の展望】

本研究は、これまでに研究例の少なかった野生霊長類におけるinfant handlingの機能を明らかにしました。しかし、infant handlingがハンドラーの子育てやアカンボウの生存に実際どれほどの影響を与えるのかについては、今後も継続した調査が必要です。また、他者の産んだアカンボウに接触する行動はヒトを含めた霊長類に広く見られることから、より多くの種でinfant handlingの知見を集めることで、ヒトの子育てやアロマザリング(親以外による子育て)における進化的基盤を明らかにできると期待されます。

著者

  • 関澤麻伊沙
    (総合研究大学院大学・先導科学研究科・特別研究員)
  • 沓掛展之
    (総合研究大学院大学・先導科学研究科・教授)

論文情報

お問い合せ先

  • 関澤麻伊沙
    電子メール:sekizawa_maisa(at)soken.ac.jp

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