2021.12.23
【プレスリリース】魚の骨から復元する過去の漁撈活動と気候変動
魚の骨から復元する過去の漁撈活動と気候変動
蔦谷匠 1,2 , 高橋鵬成 3 , 大森貴之 4 , 山﨑孔平 4 , 佐藤孝雄 5 , 米田穣 46 , 加藤博文 7 , Andrzej W Weber 8,9,10
1 総合研究大学院大学, 2 海洋研究開発機構生物地球化学センター, 3 礼文町教育委員会, 4 東京大学, 5 慶應義塾大学, 6 University of Oxford, 7 北海道大学, 8 University of Alberta, 9 Aix-Marseille Université, 10 Irkutsk State University
【研究概要】
遺跡から出土する魚骨は、過去の海に生きていた魚が漁獲されて埋没したものであるため、当時の海洋環境とヒトの食物獲得行動の実態を記録しています。また、安定同位体分析という手法を用いることで、遺跡から出土した魚が過去にどのような環境に暮らし何を食べていたかを推定できます。
本研究では、礼文島(北海道)の浜中2遺跡から出土した約2300〜800年前の魚骨240点以上を安定同位体分析し、過去の礼文島に暮らした人びとの漁撈(ぎょろう)活動と海洋環境の時期変化を復元しました。その結果、タラ、ホッケ、ニシン、ソイなどの出土量が多く重要な食資源であった魚のうち、タラでのみ、古い時期(続縄文文化期)に比べて新しい時期(オホーツク文化期)に窒素の安定同位体比が明確に低下していました。タラでは窒素の安定同位体比と体サイズが正の相関を示すため、オホーツク文化期に漁獲されていた個体のサイズが比較的小さかったことが示唆されました。オホーツク文化期には舟や大きな錘付きの網などの漁具が発達したことが考古学的な証拠からわかっており、比較的小さなタラでも効果的に漁獲できるようになった可能性があります。あるいは、これらふたつの時期のあいだには気候が寒冷化したことが花粉分析の結果から示されており、寒冷化によって礼文島周辺のタラの成長、移動、繁殖パターンが変化した可能性も考えられます。
このように、遺跡から出土したさまざまな魚種の安定同位体比を通時的に比較することで、過去の人間行動の変化や気候変動の影響の痕跡を探ることが可能になります。
【研究の背景】
遺跡から出土する遺物は、過去の自然環境や人間行動の記録をとどめた「タイムカプセル」であると言えます。そうした遺物のなかでも魚骨は、人類の漁撈活動や海洋環境の変動を記録しています。海に暮らす魚が陸上の遺跡に堆積するためには、ヒトが漁獲して利用し廃棄する必要があります。また、異なる移動や食性のパターンを示すさまざまな魚種は、それぞれが海洋環境の異なる側面を反映します。そのため、遺跡から出土したさまざまな魚種の骨を通時的に分析することで、ヒトの漁撈活動の変遷や、海洋環境の変動を検討できます。
安定同位体分析によって、過去の魚が暮らした海洋環境や、その魚が食べていた餌に関する情報が得られます。質量数の異なる同位元素である安定同位体は、さまざまな物質中に異なる比率で存在しています。海の生物資源における炭素や窒素の安定同位体の存在比率は、水温やその生物の餌の内容によってシステマチックに変化することがわかっています。したがって、遺跡から出土した過去の魚の骨の炭素や窒素の安定同位体比を測定することで、その個体が当時どのような海域に暮らしていたかのほかに、どのような餌を摂取していたかがわかります。
考古遺跡から出土した魚骨の安定同位体分析に関する先行研究では、魚の交易の実態や、過去の人びとの漁獲圧による海洋生態系の撹乱が調べられています。しかし、こうした研究のほとんどは海外の遺跡について実施されており、日本国内ではあまり例がありませんでした。
【研究の内容】
本研究では、北海道の北西に浮かぶ礼文島の浜中2遺跡(図1)より出土した魚骨を安定同位体分析することで、過去の礼文島に暮らした人びとの漁撈活動と礼文島周辺の海洋環境の復元を試みました。浜中2遺跡には、縄文時代後期から近世アイヌ文化期までの人間活動の痕跡が確認されています。このうち、続縄文文化期(約2300〜2250年前)とオホーツク文化期(約1500〜800年前)からは、特にたくさんの魚骨が出土します(表1)。本研究はこのふたつの文化期のあいだで、漁撈活動と海洋環境の変化を検討しました。
時期 | 土器型式 | 年代 | 特徴 |
---|---|---|---|
続縄文 | 縄文後期、続縄文 | 約2300〜2250年前 | ヒトの居住跡 |
オホーツク前期 | 十和田 | 約1500〜1430年前 | 遺物の少ない砂層 |
オホーツク中期 | 刻文、沈線文、元地 | 約1430〜1150年前 | 厚い魚骨層 |
オホーツク後期 | 元地、擦文 | 約1150〜800年前 | 遺物の少ない自然堆積層 |
これらの時期の礼文島では、タラ、ホッケ、ニシン、ソイが特によく出土し、重要な食資源であったと考えられています。この4分類群は、データの得られた魚骨のうちの84%(242点中のうち203点)を占めるほど試料点数も多く、通時的な変化の検討が可能でした(図2)。
分析の結果、これら4分類群のうち、タラでは古い時期(続縄文文化期)に比べて新しい時期(オホーツク文化期)に、窒素の安定同位体比が明確に低下し、椎骨の直径が縮小することがわかりました(図3)。タラでは、窒素の安定同位体比は体サイズと正に相関することがわかっています。したがって、これらの結果は、オホーツク文化期に漁獲されたタラが続縄文文化期よりも小さいサイズだったことを示唆します。オホーツク文化期には、舟や大きな錘付きの網などの漁具が発達したことが考古学的な証拠からわかっており、比較的小さなタラも効果的に漁獲できるようになった可能性があります。
あるいは、これらふたつの時期のあいだには気候の寒冷化があったことが花粉分析の結果から示されており、寒冷化によって礼文島周辺のタラの成長、移動、繁殖パターンが変化した可能性も考えられます。海水温の変化によってタラではそうしたパターンが変化することがわかっており、もし陸上で示された寒冷化が海洋環境にも波及していれば、オホーツク文化期にはより小型のタラが礼文島に接岸するようになった可能性もあり得るかもしれません。なお、ふたつの時期のあいだには、浜中2遺跡における人間活動は低調で、遺物もほとんど出土していません。
ほかの魚種では、ふたつの時期のあいだに明確な違いが見られませんでした。ニシンの窒素安定同位体比はオホーツク文化期の一部でのみ有意に増加していましたが、理由はよくわかりません。ソイの炭素同位体比はオホーツク文化期のなかで有意に変化しましたが、「ソイ」にさまざまな種が含まれて平均値が変動したことが理由と考えられます。 魚骨の安定同位体比は、漁場の違い、海洋の安定同位体比のベースライン変化、遺物の汚染や分解、人間活動の季節性、気候の寒冷化そのものによっても変化します。しかし、本研究のさまざまな魚種で見られた傾向は、これらのどれによっても説明しきることができませんでした。
【今後の展望】
過去の日本列島や特に北海道に暮らしたヒト集団の多くは、海産物を重要な食資源としていたことがわかっています。本研究は、そうした集団における漁撈活動の実態や海洋環境との相互作用をより詳細に復元する際に、魚骨の安定同位体分析が有効な手法になり得ることを示しました。その一方で、安定同位体分析だけでは議論に限界があることも事実です。今後、体サイズを正確に推定するための形態分析、魚種を正確に同定するための古代ゲノミクスや古代プロテオミクス、魚の食性をより詳細に復元するための化合物特異的な安定同位体分析など、さまざまな手法を横断的に組み合わせることで、過去のヒトと海の関わりについてより詳細な事実を明らかにできるようになると期待できます。
【著者】
- 蔦谷 匠
(総合研究大学院大学・先導科学研究科・助教、海洋研究開発機構・生物地球化学センター・外来研究員) - 高橋 鵬成
(礼文町教育委員会 学芸員) - 大森 貴之
(東京大学 総合研究博物館 特任研究員) - 山﨑 孔平
(東京大学 総合研究博物館 学術支援専門職員) - 佐藤 孝雄
(慶應義塾大学 文学部 教授) - 米田 穣
(東京大学 総合研究博物館 教授) - Rick J Schulting
(英国 University of Oxford, School of Archaeology 教授) - 加藤 博文
(北海道大学 アイヌ・先住民研究センター 教授) - Andrzej W Weber
(カナダ University of Alberta, Department of Anthropology 教授、フランス Aix-Marseille Université, Laboratoire Méditerranéen de Préhistoire Europe Afrique、ロシア Irkutsk State University, Department of History)
論文情報
-
論文タイトル
Reconstruction of diachronic changes in human fishing activity and marine ecosystems from carbon and nitrogen stable isotope ratios of archaeological fish remains -
掲載誌
Quaternary International
DOI:10.1016/j.quaint.2021.12.005 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1040618221005759
お問い合せ先
-
研究内容に関すること
蔦谷 匠(総合研究大学院大学・先導科学研究科・助教)
電子メール:tsutaya_takumi(at)soken.ac.jp -
報道担当
国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係
電話: 046-858-1629
電子メール: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp