2021.12.23
【プレスリリース】「ネアンデルタール型」ヒト成長ホルモン受容体は、先史時代の食糧が少ない状況下で有利にはたらいていたかもしれない
「ネアンデルタール型」ヒト成長ホルモン受容体は、先史時代の食糧が少ない状況下で有利にはたらいていたかもしれない
1
University at Buffalo,
2
Baylor College of Medicine,
3
The Jackson Laboratory,
4
総合研究大学院大学,
5
University College London,
6
The Francis Crick Institute,
7
Trinity College Dublin,
8
Baylor College of Medicine,
9
The First Affiliated Hospital of Xi'an Jiaotong University
【研究概要】
ヒトの遺伝的多型 ※1 は、食糧や気温など環境との相互作用の影響を受けているものがある。今回我々が解析した成長ホルモン受容体遺伝子 ※2 の多型も、そのような相互作用の影響を受けている。今回注目した変異は成長ホルモンレセプター遺伝子の一部(第3エクソン)が欠失したGHRd3遺伝子である。80万年ほど前に私たちの系統と分岐したネアンデルタール人やデニソワ人も、このGHRd3遺伝子を持っており、ネアンデルタール人やデニソワ人と私たちの祖先で、この変異型の頻度は高かったことがわかる。
しかし、このGHRd3の人類集団での頻度は、集団により10~80%と大きな違いがある。本研究では、今からおよそ3万年前から、欠失型ではない成長ホルモンレセプター遺伝子(GHR)に自然選択が働き始めたことにより、集団ごとの頻度が異なった可能性を示した。さらに、マウスを用いた実験ではGHRd3を持つオスでは低カロリー食を与えられた時、体が小さくなり、エネルギーの消費を抑えていることを見出した。おそらく、このGHRd3は現生人類の祖先が暮らしていた飢餓状態が多い環境では子孫を残すために有利に働いたが、3万年ほど前から環境が変化しGHRd3の有利性が失われ、現在では、集団ごとに大きな頻度差が生じているものと思われる。
【研究背景】
なぜ機能的な遺伝子 ※3 にも集団の中で変異が見られるのだろうか。これは、進化生物学の根源的な問いの一つである。ヒトの成長ホルモン受容体遺伝子(GHR)は細胞分裂、免疫、代謝において重要な役割を果たすが、この遺伝子の第3エクソンの欠失多型(GHRd3)は,この問題を研究するための有力なモデルとなる。これは現存するヒト集団の間で10%から80%の対立遺伝子頻度で見つかっている。さらに、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムにもGHRd3が見つかっている。
GHRd3対立遺伝子は、胎盤や出生時の体重、思春期の開始時期、寿命、代謝の変化との関連性が示されている。GHRd3がヒトの表現型 ※4 と関連していることは知られているが、GHRd3が細胞や生物の機能に影響を与えるメカニズムや、ヒト集団においてなぜGHRd3対立遺伝子が進化的に維持されてきたのかについてはほとんど知られていない。
【研究の内容】
まず我々は、GHRd3の進化の歴史を、現代人・古代人類のゲノム情報を用いた集団遺伝学、シミュレーション解析によって調べた。GHRd3は、人類の歴史を通じて安定したレベルで維持されてきたのではなく、およそ100万年から200万年前に古代の人類において突然変異によって出現し、その後しばらくは古代人類の間で高い頻度を保っていたと示唆された。
しかし、おおよそ3万年前にGHRd3への選択圧 ※5 が変化し、世界の多くの地域、とりわけ東アジアでその頻度が急速に減少したことが明らかになった。人類集団における遺伝的変異で、このように変動する選択圧が検出された例はほとんどなく、これは非常に興味深い発見である。
また、GHRd3の機能について調べるため、栄養失調であるマラウイの子どもたちのGHRd3欠失の頻度を調べた。すると、GHRd3対立遺伝子を持っている子どもは、そうでない子供に比べて、栄養失調の症状が比較的軽度であることがわかった。この結果は、GHRd3は飢餓環境において生体に有利である可能性を示している。
我々は、栄養失調の影響とGHRd3の関連性をさらに詳しく調べるため、CRISPR-Cas9 ※6 を用いてマウスの第3エクソンをノックアウトし、この遺伝子変異のマウスモデルを作成した。その結果、この遺伝子を欠失せたオスのマウスにカロリー制限食を与えると、体の大きさがメス並みに小さくなった。一方、野生型マウス(第3エクソンを持つ)では、オスのマウスはメスよりも大きいままだった。一方、メスではこのような変化は観察されなかった。このことから、この欠失が、特にオスにとって、資源が制限された状況で体を小さくし、エネルギーを節約して生き延びるために役立つことがわかった。
資源が限られた環境では、オスは体が小さい方がエネルギーを節約できるために有利であるが、資源が豊富な場合には、体が大きい方が繁殖相手を確保しやすいと考えられる。この欠失は、より頻繁に飢餓に直面していた古代の人類やネアンデルタール人において有利だったのではないかと考えられる。そして、食生活の柔軟性(有通性?)を高める技術革新によって、食糧の確保が比較的容易になった3万年前と、GHRd3の減少し始めた時期とが一致したと推測される。(図参照)
【今後の展望】
- この論文は、現代人集団および古代人ゲノムの進化学的分析と、遺伝子変異の影響の実証的研究とを組み合わせることの有用性を示しており、今後様々な遺伝的変異の進化的・機能的な解析が進むことが期待される。
- この研究によって、進化的スケールの変動する環境下ではたらく遺伝的変異、また性特異的にはたらく遺伝的変異が進化に及ぼす影響の大きさが明らかになった。このような、変動する環境に伴い変動する選択圧のもとでの遺伝的変異の進化の報告はまだ殆どないが、今後このような遺伝的変異の例が検出される可能性は高い。
- この研究によって、進化的スケールの変動する環境下ではたらく遺伝的変異、また性特異的にはたらく遺伝的変異が進化に及ぼす影響の大きさが明らかになった。このような、変動する環境に伴い変動する選択圧のもとでの遺伝的変異の進化の報告はまだ殆どないが、今後このような遺伝的変異の例が検出される可能性は高い。
【用語解説】
- 遺伝的多型と対立遺伝子・変異:集団の構成員全てが、全く同じ塩基配列の「遺伝子」を持っているということは起こり難い。どこかが異なる(変異のある)塩基配列の遺伝子を対立遺伝子と呼び、対立遺伝子が集団の中に維持されている状態を遺伝的多型と呼ぶ。ここで紹介しているヒト成長ホルモン受容体遺伝子でも変異が観察され、対立遺伝子が、第3エクソンを欠失したGHRd3遺伝子である。
- 成長ホルモン受容体遺伝子:成長ホルモンが働くためには、成長ホルモンが細胞に働きかけていることを細胞が察知しなければならない。受容体遺伝子は、細胞表面に発現していて、成長ホルモンと結合して成長ホルモンが細胞に働きかけていることを細胞に伝える。
- 機能的な遺伝子:現在も遺伝子が作り出すタンパク質が機能している遺伝子を指す。遺伝子の中には、かつて機能を持っていたが今は機能を失ってしまった遺伝子(偽遺伝子と呼ばれる)が存在する。
- 表現型:表現型とは身長や体重などの見た目や、細胞の生理機能など、遺伝子の産物の働き(機能)で作り出される"表現"された形質のこと。これに対して、遺伝子型という言葉があり、これは対立遺伝子の組み合わせをいう。
- 選択圧:自然選択の強さのこと。自然選択の強さとは、ある対立遺伝子を持った個体が持たない個体よりどれだけ多くの子供を残すことができるかで表される。
- CRISPR-Cas9: ゲノム編集の(ゲノムの遺伝子を改変する)手法の一つ。
【著者】
- 齊藤真理恵(アメリカ・University at Buffalo・Department of Biological Sciences)
- Skyler Resendez(アメリカ・University at Buffalo・Department of Biological Sciences)
- Apoorva J. Pradhan(アメリカ・University at Buffalo・Department of Chemistry )
- Fuguo Wu(アメリカ・University at Buffalo・Jacobs School of Medicine and Biological Sciences)
- Natash C. Lie(アメリカ・Baylor College of Medicine・Department of Molecular and Human Genetics)
- Nancy J. Hall(アメリカ・Baylor College of Medicine・Department of Molecular and Human Genetics)
- Qihui Zhu(アメリカ・The Jackson Laboratory for Genomic Medicine)
- Laura Reinhold(アメリカ・The Jackson Laboratory)
- 颯田 葉子(総合研究大学院大学・先導科学研究科)
- Leo Speidel(イギリス・University College London・Genetics Institute, The Francis Crick Institute)
- 中込 滋樹 (アイルランド・Trinity College Dublin・School of Medicine)
- Neil Hanchard (アメリカ・Baylor College of Medicine・Department of Molecular and Human Genetics)
- Gary Churchill (アメリカ・The Jackson Laboratory)
- Charles Lee (アメリカ・The Jackson Laboratory for Genomic Medicine, 中国・The First Affiliated Hospital of Xi'an Jiaotong University・Precision Medicine Center)
- G. Ekin Atilla-Gokcumen (アメリカ・University at Buffalo・Department of Chemistry)
- Xiuqian Mu (アメリカ・University at Buffalo・Jacobs School of Medicine and Biological Sciences)
- Omer Gokcumen (アメリカ・University at Buffalo・Department of Biological Sciences)
【論文情報】
- 論文タイトル
Sex-specific phenotypic effects and evolutionary history of an ancient polymorphic deletion of the human growth hormone receptor - 掲載誌
Science Advances Vol 7, No. 39,
DOI: 10.1126/sciadv.abi4476
お問い合せ先
-
研究内容に関すること
颯田葉子 電子メール:sattayk(at)soken.ac.jp -
報道担当
国立大学法人 総合研究大学院大学
総合企画課 広報社会連携係
電子メール: kouhou1(at)ml.soken.ac.jp