2017.11.28
【プレスリリース】『はじまりは卵の形だった~初期胚における細胞の配置パターンの決定機構~』
プレスリリース概要
『はじまりは卵の形だった
~初期胚における細胞の配置パターンの決定機構~』
【研究概要】
私たち多細胞生物は、たった一つの細胞(受精卵)が細胞分裂で数を増やすことによって形成されます。この個体形成の過程では、細胞同士の配置関係(細胞の配置パターン
(1)
)が重要です。細胞の配置パターンは種によって多様で、一般にそれぞれ固有のパターンを持っていますが、細胞の配置パターンを決めるしくみはわかっていませんでした。
本研究では、特定の種の線虫
(2)
(
C. elegans
)の「卵の形」を変えると細胞の配置パターンが「他種の線虫のパターン」に変化することを発見しました。つまり、細胞の"容器"の役割を果たす卵の形が細胞の配置パターンに重要だったのです。また、卵の形の変化と細胞配置パターンの変化を再現する数理モデル
(3)
を世界で初めて構築しました。本研究で提唱する細胞の配置パターン決定のしくみは、ヒトをはじめとする様々な生物に共通すると考えられます。
本研究は、山本一徳博士(今春まで総合研究大学院大学(総研大)・大学院生/日本学術振興会特別研究員DC2、現・同特別研究員PD)によって、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 細胞建築研究室の木村暁教授のもとでおこなわれました。山本博士は本研究の成果によって総研大遺伝学専攻の森島奨励賞を受賞しました。
本成果は、国際学術誌Developmentにおいて、定量的発生生物学に大きな影響を与えたダーシー・トムソン博士の著作「On Growth and Form」の刊行100周年を記念した特別号に掲載されます。
【成果掲載誌】
本研究成果は国際学術誌 Development の、「On Growth and Form」の刊行100周年特別号(11月28日刊行:英国時間)に掲載されます。
論文タイトル:An asymmetric attraction model for the diversity and robustness of cell arrangement in nematodes.(線形動物門における細胞配置パターンの多様性と頑強性を説明する非対称誘引力モデル)
著者:Kazunori Yamamoto, Akatsuki Kimura (山本一徳、木村暁)
【研究の詳細】
研究の背景
ヒトをはじめとする多細胞生物は、一つの細胞(受精卵)が細胞分裂で数を増やすことによって形成されます。この個体形成の過程では、細胞の数が増えるだけでなく、それぞれの細胞が特定の機能を有する細胞になって役割分担(細胞分化)することが重要です。細胞の役割分担の決定には隣接する細胞との情報交換が重要であることがわかっています。このことは、発生の途中で細胞同士がどのような位置関係で配置されるか(細胞の配置パターン)が個体発生に重要であることを示しています。これまでに、細胞の分裂する向きが細胞の配置パターンに寄与していることがわかっていて、その分裂の向きを制御する遺伝子があきらかになっています(図1A)。一方で、体の中の細胞は混み合って存在していて、細胞同士が押し合いへし合いする「力」も細胞の位置を決める重要な役割を果たすと考えられていました(図1B)。しかしながら細胞同士の間にどのような力がかかり、細胞の配置パターン決定にどのように関与しているかはわかっていませんでした。
本研究の成果
細胞の配置パターンは、遺伝子による細胞分裂の向きによって制御されるだけでなく、細胞間に働く力にも制御されているという仮説を立てました。この仮説を検証するため、卵の形を変化させる実験をおこなうことによって細胞間に働く力の方向を変化させ、細胞の配置パターンにどのような影響が生じるか観察しました。
線虫とよばれる一群の生き物の中で、モデル生物としてよく使われる種である Caenorhabditis elegans ( C. elegans )は、4細胞期にダイヤモンド型の配置パターンをとります。一方で、他種の線虫の中にはピラミッド型、T字型、直線型、といった異なるパターンをとるものもあります(図2A)。これら他種の線虫では卵の形も異なっていることから、 C. elegans の卵の形を変化させることによって細胞配置パターンを変えられるのではないかと着想しました。実験の結果、 C. elegans の4細胞期をピラミッド型、T字型、直線型へと変化させることに成功しました(図2B)。
このことは、卵の形が細胞の配置パターンの多様性の源になっていることを実験的に示す成果です。さらに、数理モデルの構築(図2C)を通じて、細胞間に働く力の性質をモデル化しました。本研究成果で提案した力の性質は、本研究に用いた線虫だけではなくて、ヒトをはじめとするさまざまな生物の細胞に普遍的に適用できると考えられます。
今後の期待
細胞の配置パターンは個体の発生に重要であることから、同じ種では常に同じパターンになるという"頑強性"を有しています。一方で、常に同じパターンでは"多様性"を有する別の種が生まれません。この頑強性と多様性は、生き物らしさの基本的な特徴の一つと考えられます。本研究で提案した力の性質は、実験的に示した細胞の配置パターンの頑強性と多様性を説明できるだけでなく、生き物の普遍的な頑強性と多様性を理解する一助となることが期待されます。
【用語解説】
(1) 細胞の配置パターン
体の中で細胞がとる配置のパターン。特に、どの細胞とどの細胞が隣り合っているかが重要。隣接する細胞同士は細胞表面の分子を介して情報をやりとりしており、この情報が、細胞が特定の機能を有するように"分化"するのに決定的な役割を果たすことがわかっている。
(2) 線虫
線形動物門に属する動物の総称。なかでも、 C. elegans (シー・エレガンス)は、透明な体を持つ単純な多細胞生物であり、遺伝学・発生学の研究によく使われる。近縁種でも初期胚4細胞期での細胞配置パターンが種によって異なるため、本研究で用いた。
(3) 数理モデル
現象(今回の場合は細胞配置パターン)をうみだす「しくみ」を数式と数値で記述することによって、しくみの理解を助けるもの。本研究では細胞間にかかる力(細胞同士が反発したり引き合う力)を実験結果に基づいて数式と数字で表すことによって、卵の形を変えた時に生じる様々な細胞配置パターンを再現することに成功した。
【研究体制と支援】
本研究は、山本一徳博士(現・日本学術振興会特別研究員(PD))が総合研究大学院大学(総研大)の博士後期課程に在籍時に、国立遺伝学研究所細胞建築研究室 木村暁教授のもとで博士研究としておこなったものです。
本研究は、科学研究費補助金(JP15H04372、JP15KT0083、JP16J09469)及び内藤記念科学奨励金、住友財団基礎科学研究助成、総合研究大学院大学学融合推進センター研究論文掲載費等助成の支援を受けておこなわれました。